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たかい ていじ 高井貞二
1911年大阪市に生まれる。1986年没する。1930年上京、一時川端洋画研究所に学ぶ。この年第17回二科展に19歳で初入選となる。その後二科会、新油絵の会、二科九室会、文展等で活躍するなど、シュルレアリスムの作家として注目を集めた。戦後は、行動美術協会創立に参画、現代美術総合展、読売アンデパンダン展、美術団体連合展等で活躍するが、1954年単身で渡米。アクション・ペインティングの渦中に身を投じ、ホイットニー美術館全米選抜展、コーコラン・ビエンナーレ展、カーネギー国際美術展等に招待出品されるなど、戦後第一期の在米作家としてアメリカ画壇で高い評価を受けている。一方、国内においても二紀会委員となり、第3回福島賞を受賞、日本国際美術展、現代日本美術展等に招待出品されるなど、国内外で幅広く活躍している。
カテゴリー:作家
上村松園とは?【 作家名 】 松園は京都のひと。本名津禰。明治20年京都府画学校に入学し鈴木松年に師事するが、翌年退学して松年塾に入った。次いで幸野楳嶺に師事し、楳嶺の死後は竹内栖鳳の門に移る。画を学ぶ傍ら漢学や詩を学び、国内勧業博覧会などで早くから数々の賞を受賞した。明治40年の文展開設後は、文展・帝展に格調高い美人画を出品し続け、内外の展覧会で受賞を重ねた。東京の池田蕉園、大阪の島成園らとともに閨秀の三園と称された。昭和19年帝室技芸院となり、美人画だけでなく、その香り高い精神性の女性表現によって昭和23年には女性最初の文化勲章を受章している。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年) |
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