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たかはし しゅう 高橋秀
1930年広島県に生まれる。1950年に武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)に入学するが、半年程で中退する。独立美術協会に出品を重ね、また古茂田守介、駒井哲郎と親交を結ぶ。1961年に第5回安井賞を受賞、62年にはニューヨークのオスグッド画廊の「14人の日本作家」展に出品する。しかし1963年にはイタリアへ渡り、作風が変わる。以後ローマに在住しながら1979年までローマ・ビエンナーレ展、東京国際版画ビエンナーレ展、リュブリアナ版画ビエンナーレ展、クラコウ国際版画ビエンナーレ展などに出品する。1987年には芸術選奨文部大臣賞を、翌88年には第20回日本芸術大賞を受賞する。黒と赤を基調にして構成された、幾何学的で節度あるフォルムと、そこから引き起こされる自由なイメージは、キャンバスにつくられた割れ目ともあいまって、さわやかなエロスを感じさせるだろう。1978年には映画〈エーゲ海に捧ぐ〉の美術監督とスチール写真を担当し、また版画や壁画、モニュメントなども幅広く行っている。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)
カテゴリー:作家
ジャポニスムとは?【 美術用語 】 19世紀後半から20世紀初頭にかけて、日本の美術工芸品が、西洋の美術、工芸、装飾などの幅広い分野に影響を与えた現象。および西洋の美術家たちが日本美術の特質を創造的に活かしていこうとする態度。19世紀後半、開国を機に西洋との交流が深まり、日本から陶磁器や漆器、各種の調度品、浮世絵などの美術工芸品が、大量に西洋に伝わっていった。また、ヨーロッパ各地で開かれた万国博覧会を通じて日本の文化は欧米の人々の間で関心を呼び、一種の日本ブームが到来する。日本の美術工芸品に見られる独特の色彩や構図、平面性、装飾性、あるいは自然や身の回りの光景から生まれたモチーフは、印象派、ナビ派、アール・ヌーヴォー などの美術やデザインの分野に多大な影響を与えた。さらにこの日本好みの風潮は、服飾や日常的な生活様式にいたるまで広がった。この現象には、斬新さへの驚きと少なからぬ好奇の目を持って、日本的な図像や雰囲気を取り入れた異国趣味的な側面も強く見られ、ジャポネズリー(日本趣味)と呼ばれることも多い。これは、18世紀の中国ブーム、シノワズリー(中国趣味)を思い起こさせる。しかし、近年では様々な研究がすすみ、日本美術の持つ造形性、技法、主題、モチーフ等の独自性や、日本の生活様式、世界観に深く触発された現象としてジャポニスムと呼ぶことが定着してきている。 |
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