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さとみむ ねつぐ 里見宗次
広告クリエーター、画家、素描家、石版画家、ポスター作家。1904年大阪市に生まれる。1920年渡仏し。パリ国立美術学校に学ぶ。パリ商工祭のポスター・コンクールにたびたび入選する。〈パリ6日間自転車競争〉のポスターで日本でも一躍有名になるが、ムネ・サトミの名によって、すでにパリでもよく知られていた。日本とフランスのデザイン交流にも努め、国際商業美術交歓展の開催(1934年)に尽力する。1940年に戦争のために帰国したが、翌年個展を開いた。戦後再び渡仏する。1996年大阪で没する。(「黄金時代のポスター芸術」図録 1998年)
カテゴリー:作家
ダダとは?【 美術用語 】 第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。 |
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