ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


アラベーラ・ボルトンの肖像



あらゆる試練に耐えて



アララットの船あるいは空の蜜



有元利夫



有山白崖



ある音楽家のための楽譜(徳島会場不出品)



ある種の関係



アルジェのユダヤ人(タンジールのユダヤ人花嫁)



アルジャントゥイユからサノワへの道



ある彫刻家の顔



アルテンシュタイン



アルテンベルク



アルデイア通り



アルトゥール・レスラーの肖像



〈アルトーは兵士たちの前で語る〉



アルハンブラ−ヌイイの祭り



〈ある場面の再現〉



アルバース



Alphabet Skin



アルプ


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 作家(1701)

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ふくざわ いちろう

福沢一郎

1898(明治31)年、群馬県に生まれる。1918年より東京帝国大学文学部に通うかたわら、朝倉文夫に彫刻を学ぶ。22年第4回帝展彫刻部に初入選。1924年渡仏、同年のサロン・ドトンヌに油彩画で初入選する。シャガールやルーベンスの作品に魅かれ、次第に彫刻から絵画へ移行する。28年パリで個展を開催。この頃からキリコやエルンストの作品に刺激を受け、シュルレアリスム的作品を制作し始める。31年第1回独立美術協会に特別陳列され、大きな反響を呼んだ。同年に帰国。39年に美術文化協会を結成。78年には文化功労者に選ばれ、91年文化勲章を受ける。92年東京で死去。(「薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち」図録 1998年)


カテゴリー:作家
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分離派とは?【 美術用語 】

ラテン語の動詞SECEDO(分離する)を語源としたヅェツェッシォーン。「分離派」と訳されている。19世紀末以降、ドイツ・オーストリアの各地では、既存の保守的・閉鎖的な芸術家協会等の機構のなかでは自由に発表活動ができない、発表の場が与えられていないと考えた、進歩的な芸術家たちが、官営事業化している展覧会とは別に、彼ら自身の協会や展覧会組織を持とうとし、相次いで新しく芸術家集団を結成した。「ヅェツェッシォーン(分離派)」とは、こうして結成されたグループにつけられた名称である。最初の創設は、1892年にシュトゥック、トリュブナーらを指導者としたミュンヘン分離派である。1897年には、クリムトを会長とするウィーン分離派が、1898年に、リーバーマンの指導のもとにベルリン分離派が成立した。ベルリン分離派は、「ブリュッケ」のメンバーを含む表現主義作家の出品拒否が原因で、1910年に再び分裂、新分離派が結成され、その最盛期をむかえた。分離派には特定の様式・理念はないが、建築・デザイン史からは、近代運動のひとつとみなされることもある。

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  フェルディナント・アンドリ

  ルドルフ・イェットマー

  ウィーン分離派のための蔵書票

  「ウィーン分離派の8年間」

  マリー(ミッツィ)・フォン・ウヒャチウス

  フランツ・ヴァツィーク

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  ヨーゼフ・エンゲルハルト

  ヨーゼフ・マリア・オルブリヒ

  エミール・オルリク

  「オーストリア造形芸術家協会(分離派)−〈ゼツェッシオン〉−年報第1号」

  「オーストリアのポスター芸術」



  レミギウス・ガイリンク

  「近代住宅とその造作」

  グスタフ・クリムト

  ユリウス・クリンガー

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徳島県立近代美術館2006