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はせがわ はるこ 長谷川春子
1895(明治28)年、東京に生まれる。25歳の時鏑木清方に弟子入りする。その2、3年後には油絵を学ぶため梅原龍三郎が勧めた研究所に通った。1929年に渡仏。藤田嗣治を訪れ,アトリエにしばしば出入りする。29、30年にはパリのザック画廊で個展を開催し、《笛を吹く男》などを出品。31年に帰国。その年の国画会展に《笛吹き》など数点を出品。11月には滞欧作品展を東京で開いた。32年には国画会の会友となり,太平洋戦争時には女流美術家奉公隊委員長になる。晩年は源氏物語をモティーフにした作品を制作。小説の挿絵も手掛ける。67年東京で死去。(「薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち」図録 1998年)
カテゴリー:作家
アクアチントとは?【 美術用語 】 版画技法。銅版画は、凹版を製版する技法によって直刻法と酸腐蝕法に大別できるが、これは後者の内の一つ。まず銅板に粉末状のグラウンド(防蝕剤)を粗くまき熱して付着させ、その上に液状のグラウンドで描画する。これを酸腐蝕させると、描画部は残り、その背景には網目状の防蝕層を通過した酸によって徴細な点が刻まれる。グラウンドを除去し凹部にインキをつめプレス機で紙に刷り上げると、描画部は白く、背景には砂目状の徴妙な黒点が表われる。普通白く残したい部分から順に描画を重ね腐蝕を繰り返すので、描かれなかった部分はその度に腐蝕が進み、それを印刷すれば、砂目状の黒い調子が段階的に深まっていくことになる。アクアチントの語源は「水」であり、水彩画のように微妙な濃淡を表現できるという特徴を示している。17世紀前半にオランダで発明されたとされており、18世紀にフランス人ル・プランスによって確立された。同じ腐蝕凹版であるエッチングと併用されることも多い。 |
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