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いたくら かなえ 板倉鼎
1901(明治34)年、埼玉県に生まれる。24年東京美術学校西洋画科を卒業。在学中から帝展などに入選。25年に須美子と結婚し、翌26年須美子を伴ってアメリカを経てフランスに渡る。パリでは27年からアカデミー・ランソンでロジェ・ビシェールに師事し、サロン・ドトンヌやサロン・ナショナル、サロン・デ・ザンデパンダンに入選する。日本人作家の展覧会には、27年在巴里日本人美術家展など出品。またフランスから日本の帝展に作品を送り、28,29年と入選している。29年9月パリの自宅で死去。30年銀座三共ギャラリーで遺作展が開かれ、滞欧作64点を展示。(「薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち」図録 1998年)
カテゴリー:作家
カールとは?【 作家名 】 版画家、版画出版家、版画商。1728年アカデミーの会員となる。リゴー、ルモワーヌ、ヴァトー、シャルダン、グルーズなどの肖像画、歴史画、神話画などにもとづく版画作品を得意とし、当時のもっとも優れた複製版画家の一人となる。単なる複製制作者ではなく、解釈家と評された。ジャック・フィルマン・ボーバルレなど多くの優れた弟子も育てている。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年) |
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