ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


女の胸像(回顧された)



女の館(徳島会場不出品)



オーヴァーストリート



オーギュスト=ガブリエル・ゴドフロワの肖像(独楽をまわす少年)



「オーストリア造形芸術家協会(分離派)−〈ゼツェッシオン〉−年報第1号」



「オーストリアの月々の絵」



「オーストリアのポスター芸術」



「オーストリア・ハンガリー帝国印刷局 1804-1904」



オートゥイュ鉄橋より−『エッフェル塔三十六景』のための習作



オート・ビオグラフィー



オートマティスム



海景−「聖クレア」シリーズより



回顧作品その2−ピンポン・ルーム, 1960−



海藻



階段をおりる裸体 No.2



甲斐庄楠音



海浜遠望



海浜風物図



解剖学



買物帰りの女[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]


<前 (30/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


かみながい ただし

上永井正

1899(明治32)年、広島に生まれる。14歳の時に仏道に入った父親と共にオランダ領東インド(現インドネシア)へ渡り、1926年まで農園で働いた。帰国後27年に渡仏。独特のスタイルの額縁を製作して生計をたてた。藤田嗣治、ヴァン・ドンゲン、ボナールらと交わっている。28年にサロン・ドトンヌなどに入選。28年の日本美術大展覧会、翌年のパリ1回展、パリ2回展に出品した。40年一時帰国。翌年藤田の助言で南米に向い、リオ・デ・ジャネイロに魅せられ、55年までブラジルに住み,南米で画家としての地位を築いた。57年再び渡仏。82年パリで死去。(「薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち」図録 1998年)


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

レジェとは?【 作家名 】

1881年フランスに生まれる。1955年没する。1897年から98年にかけてフランスのカンで建築を学び、1900年から02年まで建築の製図工としてパリで働く。1903年から装飾美術学校とアカデミー・ジュリアンで学び、エコール・デ・ボザールにも出入りする。印象派セザンヌとその興味の対象を変えながら、1910年からはキュビスムや未来派に刺激される。キュビスムのグループに加わり、1913年にはアメリカで行われたアーモリー・ショウに作品が展示される。第一次世界大戦中1914年から17年、従軍。そのときに見た、日光の下でまぶしく光る銃や剥き出しになった金属が放つ魔法のような輝きに強い印象を受ける。この視覚的な体験を基に、除隊後はそのような機械のイメージを作品に取り入れるようになる。また1920年代には人体にも興味をひかれ、機械と人体をモチーフにして制作。これは抽象につながる近代的な表現であったが、その源はフランスの古典主義におけるバランスのとれた構成にあると言われる。1924年には映画にも取り組み〈バレエ・メカニック〉を発表する。1940年から45年にかけてアメリカに亡命し、戦後パリに戻った。(「亡命者の奇跡 アメリカに渡った芸術家たち」図録 1993年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

レジェ

キーワードを含む記事
15件見つかりました。

  美しい自転車乗り

  ジャック・ヴィヨン(ガストン・デュシャン)

  金光松美

  キュビスムについて

  キュビズム

  アルベール・グレーズ

  叫び

  世界の終わり−ノートルダムの天使によって撮影された

  バレエ・メカニック キキ

  サム・フランシス

  ペトラ(フリーダ)・プティピエール

  ジャン・メッツァンジェ

  雪のベッシーヌ・ス・ガンタンプの教会

  フェルナン・レジェ

  アンリ・ローランス


<前   次>

徳島県立近代美術館2006