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影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ 海辺の葉と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 都わすれと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ 石と影



影シリーズ 右近の葉と影



影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 浜辺の葉と影



影シリーズ 都わすれと影



影の自画像



過去も未来もない中心 I



過去も未来もない中心 II



かご


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 作家(1701)

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くりはらしん

栗原信

1894(明治27)年、茨城県に生まれる。小学校で教鞭を執るかたわら制作を続け、16年に二科展に初入選。小説家を志して井伏鱒二らと同人誌『世紀』を創刊するが、26年に画業に戻る。先に渡航した内藤秀因を頼って28年に渡仏。グランド・ショーミエール研究所に籍を置き、30年にサロン・ドトンヌに入選。仏蘭西日本人美術展には創立委員となり、3回すべてに出品する。31年に帰国。二科展に滞欧作10点を特別出品し,昭和洋画奨励賞を受賞。36年に二科会会員。34年に白木屋で滞欧作品展を開催。戦後は二科会から離れ、47年に宮本三郎らと二紀会を結成。66年死去。(「薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち」図録 1998年)


カテゴリー:作家
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円山応挙とは?【 作家名 】

丹波国穴太村(現京都府亀岡市)に生まれる。通称は、岩次郎、左源太、主水。仲均、夏雲、仙嶺とも号したが、明和3年(1766)応挙と改め、晩年まで落款などに用いた。15歳頃、京都に出て鶴沢派の石田幽汀に師事。生活のため、眼鏡絵の制作を行い、奥行きのある表現を獲得。その後、自然を写生の態度で捉えた〈雪松図〉などの表現、日本や中国の伝統と写生との融和をはかった装飾的表現を生み出す。円満院、三井家、宮中などの庇護を受け、多くの門人とともに障壁画を制作。最晩年の〈保津川図屏風〉が画業を集大成した作品とされている。彼の表現は、円山四条派という画派を形成して広がり、明治に至るまで影響をおよぼした。近代の京都画壇にとどまらず近代「日本画」をつくりだす重要な要素となった。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)

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