ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


山麓で羊といる少女



サン=ロック教会



サーレ



サー・ウィリアム・マクスウェル将軍の肖像



The Signified or If No.1



The Signified or If No.2



The Signified or If No.3



The Signified or If No.4



The Signified or If No.5



The Signified or If No.6



The Signified or If No.7



ザヴジェル



ザガッタ



雑誌「青騎士」



雑誌「自由」(ラ・リベルテ)



雑誌「微笑み」(ル・スリール)



雑誌「ル・ポンポン」



ザツキン



『ザ・ライフ・オブ・マン』



ザルテン


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 作家(1701)

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ないとう しゅういん

内藤秀因

1890(明治23)年、山形県に生まれる。山形師範学校を卒業し、小学校の教員となるが、1916年に東京美術学校図画師範科に入学。中退後、教職を続けながら石井柏亭らに絵を学ぶ。28年渡仏。小山敬三の紹介でアカデミー・スカンジナヴィーに通う。28年にはサロン・ドトンヌに入選。内藤はパリ在住の教員出身の作家を結び付ける位置にあった。また大使館との関係も深く、日本人画家の中では重きをなしていた。29年に帰国。日本水彩画会の会員となり、二科展、一水会展に出品。戦後は日展に出品を続け、示現会の委員、日本水彩画会の理事長を務めた。87年東京で死去。(「薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち」図録 1998年)


カテゴリー:作家
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ピサロとは?【 作家名 】

デンマーク領、西インド諸島セント・トマス島に生まれる。1855年画家を志してパリに行き、コロークールベに感銘して風景画を描く。1859年にはモネに会う。サロンに数回出品するが落選し、1863年の落選展に出品する。普仏戦争中の1870年、一時ロンドンへ亡命し、モネとともにイギリスの風景画を研究する。印象派展に1874年の第1回から86年の第8回まで毎回出品を続け、印象派の代表的作家の一人となる。また、セザンヌゴーギャンやスーラ、シニャック印象派に導いた人格者でもある。穏やかな田園風景や街並みを多く描く。一時スーラの新印象主義にひかれ、点描の技法も用いる。パステル、グワッシュにも佳作が多い。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年)

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けんさくけっか

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徳島県立近代美術館2006