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さつま ちよ 薩摩千代
1907(明治40)年、東京市に生まれる。女子学習院高等科に学び、26年薩摩治郎八と結婚。間もなく渡仏し、ファッションモデルとして新聞や雑誌に登場するなど、パリの社交界に華やかな話題を振りまいた。絵の制作はパリで始め、27年に藤田嗣治のアトリエで制作をし、ピエール・ラプラードの指導を受けた。28年にはサロン・ドトンヌに入選。日本人作家の展覧会には、在巴里日本人美術家展や日本美術大展覧会などに出品したことが確認できる。31年病に倒れ、帰国後も療養生活を続けたが、49年死去。(「薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち」図録 1998年)
カテゴリー:作家
新古典主義とは?【 美術用語 】 18世紀後半から19世紀初頭にかけてヨーロッパ中に広まった古典古代(ギリシヤ・ローマ)の復活を目指した美学上の運動や、建築、彫刻、工芸の各ジャンルにわたる美術の様式を指す。考古学的正確さへの強い感心と合理的美学に支えられた古代的モチーフの多用や、完成された表現を特徴とする。ヘルクラーネウムやポンペイの発堀、ギリシアや小アジアへの調査旅行によって、古代への関心が高まり、ヴィンケルマンが著した『ギリシア美術模倣論』などの美学上の影響によって、18世紀後半には支配的な傾向となった。代表的画家はラファエル・メングスだが、ラファエロ,コレッジオ,ティツィアーノや古代美術の作品に基づいて、グランド・マナー(大様式)と呼ばれる様式を生み出し、影響力を広げた。絵画の分野で最もすぐれた成果をみせたのはダヴィッドで、それをアングルが引き継いだ。新古典主義は、19世紀のアカデミズム芸術の基本原理として長く生き続けたが、同時に、遠い古代や異国に対する憧れと官能的なものへの傾斜により、ロマン主義芸術の先駆にもなった。 |
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