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せざき はるお 瀬崎晴夫
1907(明治40)年生。本籍地は兵庫県。芦屋で教職に就いた後、29年に渡仏。パリでアリアンス・フランセーズ高等科を卒業。31年頃からは、駐仏日本大使館の陸軍武官室に嘱託として勤務しながら絵を続けたという。渡航した29年にはパリ2回展に出品。岡鹿之助との関係だったかと思える。34年の巴里邦人画展、38年と39年の巴里日本美術家展にも出品。42年ストックホルムに移り,終戦まで日本大使館の海軍武官室に嘱託として勤務する。戦後も滞在が許され、54年国籍を取得。77年スウェーデンで死去。スウェーデンの美術界で高い評価を得ていたという。(「薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち」図録 1998年)
カテゴリー:作家
デルとは?【 作家名 】 1893年、ハナウに生まれる。1912−13年、ワイマールのザクセン大公立工芸学校でヴァン・デ・ヴェルデに学ぶ。1922−25年、バウハウス金属工房の手工マイスターとして指導にあたる。1926−33年、ナチスに解任されるまで、フランクフルトのシュテーデル美術学校で金属工房の主任を務める。1939年、ヴィースバーデンに宝石店を開業。1974年、ヴィースバーデンで死去。(「バウハウス展−ガラスのユートピア」図録 2000年) |
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