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つじ しんどう 辻晉堂
1910年鳥取県に生まれる。1981年没する。本名汎吉。1931年上京し、32年から33年にかけて独立美術研究所に学ぶ。33年日本美術院展初入選の後、同展に彫刻を出品。1935年美術院研究所に入り、同年の美術院展で受賞、翌年院友に推挙される。1938年得度し、翌年晉堂の名で出品した作品が日本美術院賞を受賞。1941年42年連続して院賞を受賞し同人となる。1949年京都に移り、京都市立美術専門学校、同美術大学、同芸術大学教授を歴任し、堀内正和とともに多くの後進を指導した。1955年から人体の大担な変形を試み、翌年〈寒山拾得〉などの陶彫を発表する。この頃から次第に陶彫への関心を強める一方、抽象的な表現に傾斜し日本の抽象彫刻に独自の地位を占めた。1957年サンパウロ・ビエンナーレ展、1961年ピッツバーグのカーネギー国際美術展など各国の展覧会に出品する他、71年京都国立近代美術館の「近代日本の彫刻」展など我が国の近現代彫刻史をたどる展覧会に出品している。
カテゴリー:作家
ルネサンスとは?【 美術用語 】 15〜16世紀のヨーロッパの美術史上の様式と時期区分。とくにイタリア美術史上でいう。「ルネサンス」という言葉は、もともと、ヴァザーリが著書『美術家列伝』(1550年初版)の中で初めて用いた美術の“復活”=イタリア語でリナシータに由来し、それが1840年頃にルネサンスとフランス語に訳され用いられている。ヴァザーリは、およそ13世紀後半以降のイタリアの美術家の中にローマ帝国とともに没落していた美術の復活を認め、時代区分としてルネサンスとしたが、これは同時に古代との間に中世の概念を設定したものであった。今日通説の画期としては、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂円蓋起工の1420年より1500年までを初期、1500年〜1520−30年を盛期としている。初期にはフィレンツェ、盛期にはローマが中心となっている。自然と古代とを柱とする人文主義的造形活動を特色とし、美術理論が追求され、また美術作品の世俗化も行われ、メディチ家などの地方君主による美術の流派が形成された時代である。 |
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