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響き



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 作家(1701)

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とみなが かつしげ

富永勝重

1884年徳島県に生まれる。1958年没する。徳島師範附属小学校を卒業し、郷里で森魚淵に師事して日本画を学ぶが、後に上京して1908年に東京美術学校西洋画科を卒業する。1915年第9回文部省美術展に入選。上京間もない頃は、藤島武二のもとに内弟子として住み込み、藤島の薫陶を受けた。1914年川淵画学校に洋画部が開設されると洋画部幹事(後に教授)に就任し、学生の指導にあたった。1945年に同校が廃校となるまで、多くの画家を育て、日本の洋画界に大きな功績を残した。


カテゴリー:作家
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退廃芸術とは?【 美術用語 】

ナチスの芸術イデオロギーの標語。1933年にヒトラーが権力を握ると、それ以前のヴァイマール共和国時代に発展してきた表現主義バウハウスなどの現代美術に「退廃芸術」の烙印を捺し、組織的に抑圧して行った。バウハウスは「文化的ボルシェビィズムの温床」として閉鎖され、現代美術運動に同調的な教師や美術館員は職を追われ、発言も封じられた。反面、運営・イデオロギーの両面で政府の統制下に置いたアカデミックな芸術を育成し、「退廃芸術」に対して「ドイツ芸術」と称した。1933年カールスルーエで開かれた「1918年から1933年までの公認美術」展を最初に、現代美術の面目を潰し愚弄しようとする展覧会が相次いで開かれるが、その頂点を成すのが、1937年ミュンヘンで開かれた「退廃芸術」展である。この展覧会のために全国から現代美術の作品が接収され、展覧会終了後、競売や画商を介して売られ、残りは1939年に焼かれた。

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