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かわむら まんしゅう 川村曼舟
曼舟は京都のひと。本名萬蔵。明治31年山元春挙に師事、豪快華麗と言われた春挙の作調を継承しながら、風景表現に新しい感性を導入し温雅な世界を築いた。同33年から新古美術品展に出品、同35年から美工と絵専とで指導にあたり、帝展特選、審査員を努めるなど活躍。昭和11年から没年まで両校の校長でもあった。同6年帝国美術院会員。また同8年に春挙が没した後は、画塾早苗会の指導にもあたった。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)
カテゴリー:作家
ゴーギャンとは?【 作家名 】 パリに生まれ幼時をペルーで過ごす。南米航路の船員を経て、株を扱う会社で働くが、20歳代後半から絵を始め、30歳代後半には絵だけの生活に入る。絵の売れない苦しい生活の中、現代文明への反発と原始的な生活へのあこがれから北西部のポン・タヴェンに移り住み、その地に集まった画家たちのリーダーとなる。その後、ゴッホと南仏アルルで一時期を過ごした後タヒチ島に住み着く。印象派の影響を受けながらも、明確な輪郭線と色面によって内面的なものを表出する独自の作風を確立した。 |
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