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おおた さぶろう

太田三郎

彫刻家。戦前戦後を通じて活躍した彫刻家。宮崎市に生まれた。旧姓は大谷。後に海部郡日和佐町の親戚の養子となり、太田姓を継いだ。旧制宮崎県立都城中学を卒業後、川端画学校でデッサンを学び、1929(昭和4)年東京美術学校彫刻科を卒業した。また美術学校在学中から、藤川勇造に師事した。1926(大正15)年、第13回二科展に初入選。その後も二科展に入選を続け、1930(昭和5)年の第17回展では樗牛賞を受賞、翌年には会友に推挙された。藤川の死後、二科会を離れ1935(昭和10)年に新彫塑協会を結成した。1943(昭和18)年、徳島県日和佐町に疎開し、以降、徳島を拠点として活動を続けた。戦後は県展の彫刻部門の審査員を務めたほか、徳島中央公園の平和記念塔《子供像》や、日和佐駅前の《海亀》など多くの作品が設置されている。(「開館10周年記念展 近代徳島の美術家列伝」図録 2000年)


カテゴリー:作家
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印象主義とは?【 美術用語 】

19世紀後半のフランスに起きた最も重要な絵画運動で、その影響は欧米をはじめ日本にまで及ぶ。1874年春にモネピサロシスレードガルノワールセザンヌ等を中心とする画家が官展のサロンに対抗して団体展を開いた際、新聞記者ルロワがモネの「印象−日の出」をもじって彼らを印象派と呼んだ。印象派という名称はこのことに由来し印象主義という用語もそこから派生した。印象主義写実主義を受継いで特に外光派の戸外制作を重んじ、かつマネに啓発されて明るい色彩を用いて外界の事物を光をあび、空気で包まれた印象として表現した。光の変化に応ずる色調の変化や空気のゆれ動きを効果的に描くために、固有色を否定し、筆触を小さく分割し、色調を原色に還元したことが技法上の特徴とされる。印象主義は必ずしも体系化された理論をともなわず、組織的にはゆるやかな結びつきにとどまったため、1880年代以降各画家の個性の進展と円熟にしたがい、またスーラやゴーガンなど新世代の登場ともあいまって多様化の様相を深めた。

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けんさくけっか

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  印象主義

  海景−「聖クレア」シリーズより

  メアリ・カサット

  ヴァシリー・カンディンスキー

  カーナヴォン城の眺め

  アルフレッド・シスレー

  ポール・シニャック

  新印象主義

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  ポール・デルヴォー

  ロベール・ドローネー

  ナビ派

  ヘルマン・バール

  表現主義

  カミーユ・ピサロ

  フォーヴィズム


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徳島県立近代美術館2006