ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


石鹸の道d)行為の断片”標的”



石鹸「モンサヴォン」(ジャン・カルリュと共作)



石膏のトルソと花



雪舟坐像



雪中孤鹿、雨中曳牛



雪中芭蕉図



雪後



背中を見せた女



せのひくいおれんじはまんなかあたり



蝉丸



セリュジェ



『セルフポートレート』



セルフポートレート



千秋万歳図



センストレム



「宣誓」に着手した時の3つの手の習作



板を支える両手、3パターンの下向きの手、2つのその他の手の習作



「宣誓」の為の2つの手の習作、前腕を持ち上げている人物の右側部分、4つの足の習作



センターピース



センターピース、あるいは燭台


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●もくじのさくいん

    

    

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 作家(1701)

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おおつか まさよし

大束昌可


洋画家。草創期の徳島の洋画界で活躍した洋画家。福岡県小倉に生まれた。1902(明治35)年東京美術学校西洋画科本科を卒業し、同年9月に旧制徳島県立富岡中学校に図画教師として赴任、1918(大正7)年まで在職した。また那賀郡立那賀実科高等女学校でも教鞭をとった。徳島に赴任した頃、大束は徳島で本格的な西洋美術教育を受けた唯一の人だった。また東京美術学校在学中から、当時最も権威があった展覧会である白馬会展に入選を重ねていた。当時の徳島は、ようやく洋画家たちの活動が活発になりはじめた時期だったが、そのため徳島の洋画家の間で、特に敬意を払われていたようだ。1912(大正1)年には徳島で開かれた写真と洋画の展覧会紅燈会展に参加している。徳島を離れた後は、東京の郁文館中学校の図画教師や、東京写真専門学校の講師などを務めた。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)


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けんさくけっか

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徳島県立近代美術館2006