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ぐるぐるもくじ


セザンヌ、救済院の礼拝堂



せせらぎ−版画集『自然の諸相』第12図



世相三題



セック



石鹸の道d)行為の断片”標的”



石鹸「モンサヴォン」(ジャン・カルリュと共作)



石膏のトルソと花



雪舟坐像



雪中孤鹿、雨中曳牛



雪中芭蕉図



雪後



背中を見せた女



せのひくいおれんじはまんなかあたり



蝉丸



セリュジェ



『セルフポートレート』



セルフポートレート



千秋万歳図



センストレム



「宣誓」に着手した時の3つの手の習作


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 作家(1701)

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つだ すえお

津田季穂

洋画家。戦前戦後を通じて、徳島の洋画界で活躍した画家。栃木県に生まれた。旧姓は神吉、後に津田姓を継いだ。キリスト教の洗礼名はヨゼフ。東京で旧制白山中学校に入学したが、1917(大正6)年同校を中退、この頃約半年間洋画家高橋芝山のもとでデッサンを習い、次ぎに約1年間太平洋画会研究所に、その後日本美術院の研究所に通った。1943(昭和18)年洗礼を受け、受洗後徳島を訪れて鳴門市に住んだ。その後福岡古賀教会に赴任したが、徳島県阿南教会に転任すると、再び鳴門市に住まいを構えた。1948(昭和23)年、地元の画家たちがつくる美術グループ・ベニウズに参加し、以降毎年ベニウズの展覧会に出品し、次第にグループの中心的な立場になっていった。また大阪日動画廊、東京日動サロン、高宮画廊などで頻繁に個展を開催した。(「開館10周年記念展 近代徳島の美術家列伝」図録 2000年)


カテゴリー:作家
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鹿子木孟郎とは?【 作家名 】

1874年岡山県に生まれる。1888年岡山高等小学校を卒業、松原三五郎の天彩画塾に学ぶ。1892年上京して小山正太郎の不同舎に学ぶ。1900年渡米、翌年イギリスを経てパリに留学。ジャン・ポール・ローランスに師事する。1903年ベルギー、スイス、イタリアを巡歴。翌年帰国、京都高等工芸学校講師となる。また太平洋画会に参加し多くの作品を発表。1905年浅井忠らと関西美術院を設立。翌年再び渡仏、サロンに入選。文展審査員に選ばれ、第7回文展まで審査員をつとめる。1916年渡仏、1918年帰国し京都に下鴨画塾を開設。1924年帝国審査員となり以後歴任。1932年仏政府より勲章を受ける。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)

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