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たかやま たつお 高山辰雄
1912年大分県に生まれる。2007年没する。東京美術学校日本画科に学ぶとともに、松岡映丘の画塾木之華社に入り、早くから才能を嘱望された。在学中から帝展に出品し活躍。戦後は、日展で特選や白寿賞を重ねたのをはじめ、日本芸術院賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞。さらに日展評議員、常務理事、理事長などの役員も歴任した。東京芸術大学客員教授をつとめた他、日本芸術院会員、文化功労者となり、1982年には文化勲章を受章するなど、名実ともに現代日本画を代表する作家といえる。
カテゴリー:作家
文展とは?【 美術用語 】 文部省美術展覧会の略。1907年6月、勅令によって美術審査委員会官制がしかれ、続いて美術展覧会規程が告示公布され、最初の官制による展覧会として同年以降毎年秋季に開催された。当初から審査員の選出で紛糾し、美術界を統合した形をとるために当時日本画壇に分立した諸団体と洋画、彫刻の新旧両派から選出した委員に学識経験者を配して均衡をとった。1919年文部大臣の管理下に帝国美術院が設けられ帝国美術院展覧会に改組されたが、在野有力作家の吸収を目的として、35年文相松田源治により帝国美術院が改組され、37年ふたたび文部省美術展覧会として発足した。戦後は1946年日本美術展覧会(日展)として再出発したが、49年日本芸術院と日展運営会が共催することとなり、さらに58年から社団法人日展により運営されている。1937年からの文部省美術展覧会を新文展と呼ぶことがある。 |
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