ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


アッベマ



吾妻兼治郎



アデイェミ



アデイェミ



アトランタ1945+50



アトランタ1945+50



アトリエ前の庭



アドゴ



アドラー



アナツイ



アナパ



アバカノヴィッチ



アバロス



アフォラビ



アフリカセイ



アブウー



アブストラクション・クレアション



アブドゥラマーヌ



阿部展也



アベールディス


<前 (4/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


なかもと たつや

中本達也

1922年山口県に生まれる。1973年没する。1939年建築家になるため、東京高等工学校(現芝浦工大)に進学するが、講師の大沢昌助と出会い、画家への転身を決意する。1941年帝国美術学校(現武蔵野美大)に移る。1943年から45年まで学徒出陣。敗戦後上京し、宣伝美術や舞台美術を手掛けながら、童話挿絵や油彩の制作を始める。1950年第2回読売アンデパンダン展に出品し、本格的に油彩に取り組み始める。翌年第15回自由美術展に出品し、優秀作家賞を受賞。以後1962年まで毎年出品する。1959年第3回安井賞候補新人展で安井賞を受賞。1970年から多摩美術大学教授となる。油彩、水彩、エッチングの他、絵具の転写によるコラージュを試み、死の前年には巨大な岩壁彫刻を制作する。激しい色彩とタッチによって、一貫して人間像を描き続けた。1973年東京セントラル美術館で回顧展「〈岩の声〉まで」に代表作90点が集められた。


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

森田恒友とは?【 作家名 】

1881年埼玉県に生まれる。上京して小山正太郎の不同舎に入門。東京美術学校西洋画科にすすみ、卒業後進学していた研究科を1907年(明治40)やめ、石井柏亭山本鼎らと同人雑誌「方才」を創刊する。また詩人北原白秋らとパンの会を起こす。同年開設された文展に入選。その後一時、秋田や大阪で教員や新聞社に就職するが再上京し、1914年(大正3)渡欧する。帰国後は、セザンヌドーミエ、またキュビスムに影響された作品を発表する。翌年、二科会の会員になる一方、院展洋画部に出品し、翌年同人に推挙される。また同年、小川芋銭川端龍子、小川千甕らとともに日本画家の団体珊瑚会を結成。しだいに水墨画家の活動もはじめる。1917年、院展に専念するため二科会を退会。1920年には院展同人とともに日本美術院を脱退、1922年春陽会を結成し、以後ここを中心に活動する。1932年(昭和7)食道癌のため入院し、翌年逝去。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

森田恒友

キーワードを含む記事
5件見つかりました。

  石井柏亭

  石川寒巌

  小川芋銭

  倉田白羊

  森田恒友


<前   次>

徳島県立近代美術館2006