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しまだ てきしゅう 島田滴州
滴州は兵庫県淡路のひと。本名篤郎、別号に耕閑がある。絵専卒業後は、竹内栖鳳に師事した。大正8年の第1回帝展に孔雀を描いた華麗な「静平」が初入選、第2回展「月ケ瀬」が風景、第5回展は梅花の「清香」、第6回展には、同じ構図で「柘榴」が入選している。写生の確かさと華麗な表現で花鳥画ふうな世界を追究していたことがうかがえるが、以後、帝展・新文展など出品が見られず、大正15年からの消息は不明のままである。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)
カテゴリー:作家
リュスとは?【 作家名 】 1858年フランスに生まれる。1941年没する。複製木版画の職人として『イリュストラシオン』誌などの挿絵を手がけながら、絵を学ぶ。1885年頃からスーラの影響を受けて、点描で油彩を描き始め、1877年のアンデパンダン展出品をきっかけに、シニャックらによる新印象主義の一員となった。貧しい労働者階級の出身である彼は、労働者やパリの裏町を描くことも多かった。後に、印象主義風の作風へと近づく。また、挿絵画家としても活躍した。 |
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