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しまだ てきしゅう 島田滴州
滴州は兵庫県淡路のひと。本名篤郎、別号に耕閑がある。絵専卒業後は、竹内栖鳳に師事した。大正8年の第1回帝展に孔雀を描いた華麗な「静平」が初入選、第2回展「月ケ瀬」が風景、第5回展は梅花の「清香」、第6回展には、同じ構図で「柘榴」が入選している。写生の確かさと華麗な表現で花鳥画ふうな世界を追究していたことがうかがえるが、以後、帝展・新文展など出品が見られず、大正15年からの消息は不明のままである。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)
カテゴリー:作家
ルペールとは?【 作家名 】 父、フランソワの下で修業を積み、幼いルペールは13歳で『マガザン・ピトレスク』誌や『イリュストラシオン』誌のために挿絵を描き始めた。1879年以後、木版工房を設立したが、1885年にオリジナル版画をつくることに専念した。ルペールは木版画の復興に力となって、日本から学んだ板目木版の技法や水性インクの使用法を開発した。彼の作品を通してシャルル・モーラン、アンリ・ゲラール、アンリ・リヴィエールなどの芸術家たちがその技術を取り入れた。ルペールは1888年に『エスタンプ・オリジナル』誌を発行し、1889年には画家=版画家協会、1896年には木版画家同業協会の創立メンバーとなり、『版画(イマージュ)』誌の創刊を手伝った。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録) |
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