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いのはら たいか 猪原大華
大華は広島県神辺町のひと。本名寿。大正12年絵専の専科を経て研究科に進む。すでに同10年の第3回帝展で「鶏」が初入選している。初め土田麦僊に師事、同15年の第5回国画創作協会展に「かれい」、第6回展に「果樹」が入選する。緻密で精妙な描写の写生画である。昭和11年の師麦僊没後は、西村五雲塾の晨鳥社に入る。同4年から同38年の停年まで、絵専、美工、美大で指導にあたる。作品は花鳥画が中心であるが、写生力抜群で官展で順調な足跡を残しながらも、受賞は戦後である。同29年「池」、同30年「梅」が特選となる。幽玄な調和的自然空間に描かれた池や樹木には、一種静寂な孤高の精神性が漂い、芸術院恩賜賞などで高く評価された。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)
カテゴリー:作家
エコール・ド・パリとは?【 美術用語 】 パリ派。13世紀、聖王ルイのもとで装飾挿絵を描いた画家達を指すこともあるが、より知られた使い方は、20世紀初めにパリで活動した画家達を指す。さらにその中でも、広義では19世紀末の印象派あたりから第2次世界大戦後の抽象主義あたりまでを漠然と指し示す場合がある一方で、狭義では第1次世界大戦頃から第2次世界大戦前までパリで活躍した主として外国人画家達を指し示すこともある。そして一般的には後者の場合を言う。彼らはフォーヴィズム、キュビズム、シュールレアリスム等の20世紀初めの潮流から、直接的にははずれたところで、具象的な、そしてしばしば悲劇的で破滅的な作風をみせた。モディリアーニ、シャガール、スーティン、キスリング、パスキン、フジタ(藤田嗣治)などが代表格である。彼らは一匹狼的であり、人間的交流はあったものの、1つの様式や理論のもとに集まった流派ではなかった。芸術の都パリに生まれた、国際的できわめて個性的な集団であったといえよう。 |
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