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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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 作家(1701)

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しまむら しゅんめい

島村俊明

17世紀中頃から江戸で活躍する宮彫大工の家に生まれ、俊明は次男でありながら彫技に優れていたため9代目となり、16歳の時制作した回向院欄間の十六羅漢(関東大震災で焼失)で名声を博した。その作風は、はじめ伝統的な江戸彫刻の範囲を出るものではなかったが、早くから写生の必要性を感じ取り、写実主義に基づく近代的な作風へと脱皮に成功している。木彫の衰退、牙彫の全盛期にあって、俊明も牙彫に転じているが、当時並称された石川光明に比べ10倍仕事が速かったという。明治14年の第二回内国勧業博覧会での妙技2等賞受賞をはじめ、明治前半期に大きな活躍を見せたものの、同29年に42歳という若さで亡くなっている。(「高村光雲とその時代展」図録 2002年)


カテゴリー:作家
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山崎朝雲とは?【 作家名 】

1867年福岡に生まれる。1884年仏師高田又四郎に彫技を学び、後に独立して仏像制作に従事する。1890年第3回内国勧業博覧会に出品する。1896年、上京し高村光雲に師事。1897年日本美術協会展に出品し、受賞。1900年日本美術協会会員となる。同年パリ万国博覧会に出品し、銀賞を受賞。1907年平櫛田中らと日本彫刻界を結成。1927年帝国美術院会員に、34年帝室技芸員に、46年には日本芸術院会員となる。1952年文化功労者となる。1954年東京で死去。日本の古代神話に題材を求めた作品が多く、伝統的木彫に洋風の写実表現を加味した作風で、木彫会の代表的作家として活躍する。「大葉子」は、日本書紀に登場する烈婦を題材に制作された作品である。夫に従って新羅征伐に従軍し、敵に捕えられた。「たかおがみ」は、同じく日本書紀に登場する神を題材にしたもので、たかおがみが山幸彦のために海中から宝珠を持って現れてくる場面を作品としたものである。また「坂上田村麻呂」は、蝦夷征伐で名を馳せた平安初期の武将。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年)

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