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しまむら しゅんめい 島村俊明
17世紀中頃から江戸で活躍する宮彫大工の家に生まれ、俊明は次男でありながら彫技に優れていたため9代目となり、16歳の時制作した回向院欄間の十六羅漢(関東大震災で焼失)で名声を博した。その作風は、はじめ伝統的な江戸彫刻の範囲を出るものではなかったが、早くから写生の必要性を感じ取り、写実主義に基づく近代的な作風へと脱皮に成功している。木彫の衰退、牙彫の全盛期にあって、俊明も牙彫に転じているが、当時並称された石川光明に比べ10倍仕事が速かったという。明治14年の第二回内国勧業博覧会での妙技2等賞受賞をはじめ、明治前半期に大きな活躍を見せたものの、同29年に42歳という若さで亡くなっている。(「高村光雲とその時代展」図録 2002年)
カテゴリー:作家
後藤貞行とは?【 作家名 】 紀伊和歌山藩士の家に生まれ、慶応2年28歳の時、騎兵隊修業のため江戸に出て、フランス軍顧問デシャルムと出会い解剖学を、また陸軍入隊後は西洋画の技法を学んでいる。軍馬調達を主な任務としていたため、公務上の便宜のためもあって馬の写生画、写生彫刻の制作を数多く行い、また、宮内省にも、それらを納めている。明治16年光雲に木彫を学び、光雲が木型主任を務めた《楠公銅像》では馬を、《西郷隆盛銅像》では犬を担当している。馬の彫刻を一生の仕事と考えた後藤は、解剖学による科学的な視点と長年の観察による写実性を基礎に、理想とする馬の姿を彫刻として表現していった。(「高村光雲とその時代展」図録 2002年) |
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