ぐるぐるアートワード
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丸宮素妍



円山応挙



円山応震



丸山晩霞



円山四条派



マレーヴィッチ



マンシオン



マンドリンを弾くジプシー女(歌手クリスティーナ・ニルソン)



マンドリンを持つピエロ



「マン・レイ 売れないものたち」展 アルフォンス・シャーヴ画廊



マン・レイ ジュリエット マルセル・ゼルビブ カフェ・ドゥマゴにて



『マン・レイ』 ジョルジュ・リブモン−デセーニュ著



マン・レイ(手・光線)



「マン・レイ」展 ハノーヴァー画廊



「マン・レイ」展 メイヤー画廊



「マン・レイ」展 リーヴ・ドロワット(右岸)画廊



「マン・レイ 発明家・画家・詩人」展 文化センター ニューヨーク



「マン・レイ 非・抽象」展 エトワール・セレ画廊



「マン・レイ 目立たずにつづけるべきこと」展 ビル・コプリー画廊



『マン・レイ写真集 1920-1934 パリ』 ジェームズ・スロール・ソビー編


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 作家(1701)

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ちぐさ そううん

千種掃雲

1873年京都府に生まれる。1944年没する。本名は顕男(あきお)。神戸の茨木翠岳に学んだのち、1895(明治28)年竹内栖鳳に師事。号を掃雲とする。1897年に、第1回全国絵画共進会で2等褒状を得たのをはじめ、翌年の後素(こうそ)青年会第2回秋季大会で第1席、1903年の第5回内国勧業博覧会で褒状を受けるなど活躍。この頃、日本画の革新をめざし、浅井忠の指導する聖護院洋画研究所に学び、日本画に西洋絵画の表現を取り入れた作品を描きはじめる。1906年、丙午画会(へいごがかい)を結成。同年、関西美術院幹事となる。以後、丙午画会展、新古美術品展に出品した他、文部省美術展覧会、聖徳太子奉賛会展等に出品。京都高等工芸学校(京都工芸繊維大学の前身)講師もつとめた。


カテゴリー:作家
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戸張孤雁とは?【 作家名 】

1882年東京に生まれる。1901年洋画研究のため渡米し、06年に帰国する。1910年太平洋画会研究所彫塑部に入門し、同年第4回文展に「をなご」を出品する。1916年再興第3回院展に「ムスメ」「若き男の像」他を出品する。1917年には日本美術院同人となる。1927年東京で死去。アメリカで苦学をしながら、洋画、デッサンを学んでいた戸張は、ニューヨークのナショナル・アカデミー荻原守衛と知り合ったことで、彫刻家への道を進むことになる。ロダンの作品からも多大な影響を受け、生命感にあふれた大胆なデフォルマシォンを特徴とする象徴性の高い作品を制作した。また版画家としても活躍し、1919年には山本鼎、織田一磨らと日本創作版画協会を創立し、「創作版画と版画のつくり方」を刊行した。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年)

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