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おおち しょうかん 大智勝観
1882年愛媛県に生まれる。1958年没する。本名恒一。東京美術学校日本画科を卒業後、歩兵少尉として日露戦争に従軍。大正2年第7回文展で「雨の後」が三等を受賞。日本美術院再興に参加し再興第1回展に点描手法による「聴雨」を出品し同人となる。昭和5年ローマ日本美術展に横山大観、速水御舟等とともに参加し欧州を遊歴。帰国後は美術院の経営同人となる。戦前戦後をとおして日展にも出品し日展の参事をつとめる。西欧の点描やキュビスム(立体主義)を日本画に取り込むなど、積極的に日本画の革新に尽力した。(「日本の美−再発見 富山県水墨美術館収蔵作品集」 2003年、一部加筆有)
カテゴリー:作家
エルンストとは?【 作家名 】 1891年ドイツに生まれる。1976年没する。ボン大学で哲学を学ぶ。1912年「ラインの表現主義者」展に出品。キュビスムや未来派の影響を受けた後、1919年アルプ等とケルンのダダ・グループを結成し、過去の名画の改作やコラージュなどを試みる。アンドレ・ブルトンの招きで1921年パリで個展、翌年パリに移り、シュルレアリスムの代表的画家として活躍。1925年フロッタージュ(あてこすり)の技法を発明し、〈博物誌〉を制作、その後油彩にも応用する。第2次大戦中ナチに追われ、1941年ニューヨークに移る。オシログラフ(振動描画)の技法は、アクション・ペインティングの先駆けとなった。1929年に〈百頭女〉、1934年に〈慈善週間〉、などのコラージュ小説を刊行。タブローの他、版画や本の挿絵も精力的に手掛け、アメリカでは多くの彫刻を制作した。1954年ベネチア・ビエンナーレ展で、絵画部門の大賞を得た。1958年フランスに帰化した。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年) |
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