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たかむら ぎゅうじん 篁牛人
1901年富山県に生まれる。1984年没する。富山県高岡工芸学校図案科卒業。昭和4年第16回商工省工芸展覧会木竹工の部で褒賞を受賞。以後、この展覧会で2等賞や3等賞を幾度も受賞する。15年頃から図案の制作を止め絵画に専念。19年召集されマレーシアやタイを転戦。帰国後は絵画の制作に専念し独自の渇筆技法を生み出す。31年頃から富山市内において幾度も個展を開催するが収入が無く、各地を放浪。42年河北倫明氏を知る。45年東京池袋百貨店で「篁牛人展」を開催。翌年第1回山種美術館大賞展に出品。56年京都国立近代美術館の「異色の水墨画−日高昌克 井上石邨 篁牛人」に出品。(「日本の美−再発見 富山県水墨美術館収蔵作品集」 2003年、一部加筆有)
カテゴリー:作家
ドラクロワとは?【 作家名 】 フランス・ロマン主義の代表的画家。幼少よりデッサンと音楽の才能を発揮し、17歳の時、古典主義画家ゲランのアトリエに入る。同門にジェリコーがいた。この頃ゴヤ、ルーベンスなどの作品を模写し、ダンテ、シェークスピア、バイロンなどの文学作品から主題をとって創作をした。ドラクロワの芸術の特質は色彩の鮮やかさと感情の表出にあり、彼の革命的な仕事が近代絵画への道を開き、印象派の絵画を導くことになった。代表作に《民衆を導く自由の女神》《サルダナパールの死》(共にルーヴル美術館)など。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年) |
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