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はやし たけし 林武
1896年東京府(現東京都)に生まれる。1975年没する。本名は武臣。1920年日本美術学校に入学するが、翌年退学する。1921年二科展で樗牛賞、22年平和記念東京展覧会で褒状、二科展で二科賞を受賞する。1923年円鳥会の創立に参加し、26年一九三〇年協会会員、二科会会友となる。1930年二科会を退会し、独立美術協会の結成に参加、翌年の第1回展以降毎回出品を続ける。1934年ヨーロッパに渡り、制作のかたわら各地をまわって翌年帰国する。戦後は美術団体連合展、秀作美術展、日本国際美術展、現代日本美術展などにも出品し、1949年毎日美術賞、56年現代日本美術展大衆賞、59年日本芸術院賞、67年朝日文化賞、文化勲章をうける。初期にドランやマティスの影響をうけ、フォーヴィスムを基調としながら独自の構成理論を展開、重厚な質感をもった作風をみせる。1952年から63年にかけて、東京芸術大学教授をつとめる。(「ピカソと日本」図録 1990年)
カテゴリー:作家
水墨画とは?【 美術用語 】 墨によって描かれた絵画。墨絵、墨画ともいう。彩色画の対概念で、また、墨線のみの白描画(白画)に対して、墨の暈(ぼかし)による濃淡や筆の抑揚の表現のあるものをいう。中国に始まり、朝鮮・日本に伝った。中国では、戦国時代の帛画にもその徴候が見られるが、盛唐期(7世紀末〜8世紀前半)に輪郭線・色彩による伝統的画法から解放されて生れたものである。「水墨」の語は中唐期(8世紀後半)の詩人劉商の詩にみられる。10世紀には水墨技法は著しく発展し、南宋では技術的完成がめざされた。また、水墨画と禅思想との関係は緊密で、南宋から元初には一画期を現出した。日本では、奈良時代にその先駆的なものがみられるが、鎌倉後期(13〜14世紀)に宋元画の影響によって始りを迎えたといえる。室町時代には如拙・周文らを軸に詩画軸が流行し、その後、室町後期の雪舟、桃山時代の狩野派による金碧障壁画、江戸前期の狩野探幽、後期の円山応挙、また、池大雅、与謝蕪村らの南画など様々に発展し、現代では抽象的造形も試みられている。 |
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