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ふくおか みちお 福岡道雄
1936年大阪府に生まれる。1955年堺市立工業高等学校建築科を卒業する。1958年から幾り返し個展を開催し、60年代になると〈何もすることがない〉、〈ポリエチレンのピンク色の煙を気管から十二指腸ヘ吸いあげながら〉と題して細長い棒状のオブジェと風船状の燃焼させたポリエチレンを組みあわせたシリーズを発表する。空気を作品として扱うことで、彫刻が実態のあるものとする既成の彫刻概念を否定する試みとして注目を集め、1964年「現代美術の動向」展(国立近代美術館)、66年「現代美術の新世代」展(国立近代美術館)に作品が展示され、1967年長岡現代美術館賞展K氏賞を受賞する。1960年代末から数年間沈黙を続けたあと、70年代になると立方体の台上に樹木や山、雲、人物などを配した具象的な作品を発表し、77年中原悌二郎賞優秀賞を受賞する。1960年代の新しい美術運動を形造った主要作家の1人と目される。
カテゴリー:作家
円山四条派とは?【 美術用語 】 江戸中期、円山応挙によって始められた写実的な絵画の流派円山派と、その流れをくむ応挙門下の呉春の開いた四条派を併称したもの。円山派は、18世紀の中頃、京都の新興町人層の現実的な感性を基盤に、写実性と伝統的な装飾性を融和させた新しい様式で、上方画壇に大きな影響を与え、明治画壇にまで及んでいる。用筆上の特徴としては従来の没骨技法に墨の濃淡表現を加えた付立(つけたて)法とよばれる筆法が用いられている。応挙の門下には、呉春、長沢蘆雪、森徹山、渡辺南岳、源?g、山口素絢、奥文鳴、月僊などがいる。四条派は、江戸後期に呉春によって始められた一派である。円山派の平明で写実的な作風に俳諧的な洒脱みを加えた新様式で、応挙歿後の京都画壇で流行した。呉春をはじめ門下の多くが京都四条近くに住んでいたため、その一派を四条派と呼ぶ。呉春門下には、松村景文や岡本豊彦、柴田義董がいる。岡本豊彦は、四条派に再び南画様式をとり入れたが、その画系には塩川文麟、幸野楳嶺、竹内栖鳳らが相次ぎ、明治の京都画壇に大きな影響を与えた。 |
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