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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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ろーぜんくいすと

ジェイムズ・ローゼンクイスト

1933年アメリカに生まれる。1952年から54年まで、看板屋のアルバイトをしながら、ミネソタ大学で絵画と素描を学ぶ。またその後、2年間ニューヨークのアート・ステューデンツ・リーグに通い、この頃ラウシェンバーグジャスパー・ジョーンズらを知る。初めは抽象表現主義風の作品を描いていたが、1950年代末から、広告用看板のスタイルを取り入れ、自動車や食品といった身近な事物、人体などを断片的に組み合わせたコラージュ風の大画面を巨大なカンバスに描き始めた。1962年にニューヨークのグリーン・ギャラリーで最初の個展を開催。1965年には全長86フィートに及ぶ巨大な壁画風の大作〈F−111〉を発表。またこの年から版画の制作も始めた。1972年、ケルンのワルラフ・リヒャルツ美術館、ニューヨークのホイットニー美術館で回顧展が開催された。日常的な主題と、リアルな作風によって、ポップ・アートの作家とみなされている。


カテゴリー:作家
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帝展とは?【 美術用語 】

文部大臣の管理下に設けられた帝国美術院によって、1919年から35年まで開催された美術展覧会。1907年から文部省美術展覧会(文展)が開かれたが、次第に二科会、日本美術院、国画創作協会など在野の有力団体の活動が活発化したのに対して、文展にはアカデミズムの弊害が目立つようになった。その対応策として文展創設以来審査にあたってきた老練作家を帝国美術院会員とし、比較的若い世代を審査員に起用することで今までの文展に活気を吹き込もうとした。この改革は一定の成果をあげたが、1935年在野有力作家の吸収を目的として文相松田源治によって帝国美術院が改組され、37年ふたたび文部省美術展として発足した。戦後は1946年日本美術展覧会(日展)として再出発したが、49年日本芸術院と日展運営会が共催することとなり、さらに58年から社団法人日展により運営されている。

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