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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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しーがる

ジョージ・シーガル

1924年アメリカに生まれる。2000年没する。1948−49年ニューヨーク大学に学ぶ。一度は画家になることを断念するが、1956年から、表現主義的な人物像を描き個展を開く。1961年石膏を滲みこませた外科用の包帯で、人体から直接型を取ることを発案。1962年ポップ・アートを世に知らしめることになる「ニュー・リアリスツ」展(シドニー・ジャニス画廊)へ石膏像の作品を発表。以後、一貫して人体像の制作を続けている。衣服を着たまま、ごくありふれたポーズの真白な人物像は、常に古い家具や実際の壁などの環境物と並置されることによって、日常生活の空虚さを強烈に表現する。それは、大衆社会の現実を真正面からとりあげている点でポップ・アートの系譜に属するとともに、彼自ら「凍りついたハプニング」と称するように、身体・行為そのものをより強く意識したハプニングとも関連している。近年は、レリーフ状の石膏像を制作している。1978年に、ホイットニー美術館で回顧展が開催された。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)


カテゴリー:作家
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鹿子木孟郎とは?【 作家名 】

1874年岡山県に生まれる。1888年岡山高等小学校を卒業、松原三五郎の天彩画塾に学ぶ。1892年上京して小山正太郎の不同舎に学ぶ。1900年渡米、翌年イギリスを経てパリに留学。ジャン・ポール・ローランスに師事する。1903年ベルギー、スイス、イタリアを巡歴。翌年帰国、京都高等工芸学校講師となる。また太平洋画会に参加し多くの作品を発表。1905年浅井忠らと関西美術院を設立。翌年再び渡仏、サロンに入選。文展審査員に選ばれ、第7回文展まで審査員をつとめる。1916年渡仏、1918年帰国し京都に下鴨画塾を開設。1924年帝国審査員となり以後歴任。1932年仏政府より勲章を受ける。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)

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