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りくてんすたいん ロイ・リクテンスタイン
1923年アメリカに生まれる。1997年没する。ニューヨークのアート・ステューデンツ・リーグ、コロンバスのオハイオ州立大学に学ぶ。はじめは抽象表現主義風の作品を描いていたが、続き漫画の一コマを自らの手で忠実に拡大して描いた油彩画を1961年から65年にかけて発表し、ポップ・アートの代表的存在となる。写真製版のベン・デイ製版法の点の集合によって濃淡をつける技法を取り入れることで、印刷された漫画がそのまま拡大され、粒子を粗くしたような画面をつくる。1964年以降は、漫画や広告など既製のイメージを題材にするだけでなく、アール・デコの意匠を取り上げた作品や、抽象表現主義の荒々しい筆触を翻案した〈筆触〉の連作を発表。1970年から72年にかけては、抽象的表現の〈鏡〉の連作を制作。その後、未来派や表現主義など20世紀の前衛美術の作品を取り上げるなど自己の主題の拡大を試みている。版画や立体の制作でも知られている。73歳で死去。
カテゴリー:作家
伊上凡骨とは?【 作家名 】 1875年徳島市中常三島に生まれる。1933年没する。本名は、純三(蔵)徳島高等小学校卒業後、17歳の年に上京し、木版画の彫刻大倉半兵衛に師事する。はじめは伝統的な版木の彫刻技術を学ぶが、やがて洋画の複雑な筆触や色彩を木版で再現することに熱中する。1902年雑誌『美術新報』のために三宅克己の水彩画に版木に仕立てのを皮切りに『明星』『白樺』などの雑誌の挿絵やカットを制作する。伊上の技術は当時神技とさえうたわれ、明治から大正にかけてこの道の第一人者であった。凡骨の雅号は与謝野鉄幹の命名による。 |
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