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ろんご ロバート・ロンゴ
1953年アメリカに生まれる。1975年、バッファローのニューヨーク州立大学を卒業する。1976年、バッファローのホールウォールズで初の個展を開く。1977年、ニューヨークに移る。1979年、ヨーロッパ各地でパフォーマンスを行う。1981年、ニューヨークのメトロ・ピクチャーズで個展を開く(83、84、86年にも開催する)。1982年、西ドイツ(現ドイツ)カッセルの「ドクメンタ7」に出品する(87年の「ドクメンタ8」にも出品する)。1985年、オランダ、アムステルダム市立美術館で個展を開催する。1986年、東京のスパイラルホールで「ロンゴ・イン・トーキョー」を開催する。「メン・イン・ザ・シティーズ」のシリーズが、アメリカ国内3ケ所を巡回する。1989年、ロサンゼルス郡立美術館で大規模な回顧展「ロバート・ロンゴ」が開催され、90年にかけてシカゴ現代美術館、コネティカット州、ハートフォートのウォドゥズ・アスニアムを巡回する。
カテゴリー:作家
小林清親とは?【 作家名 】 江戸に生まれる。父は、幕府の本所蔵屋敷総頭取。父の没後、幕府の勘定下役として京都、大阪に滞在し、鳥羽伏見の戦にも参加。維新後は、明治7年(1874)、静岡から上京して画業に専念。ワーグマンにも学んだといわれる。明治9年(1876)、水彩画の学習によって得た遠近法や陰影法を用いて、東京の新名所を木版画で表し、次々と発表。光と陰の表現から、「光線画」として人気を集めた。明治14年(1881)頃から、光線画の制作をやめ、「団団珍聞」に風刺画を描き、また、「東京日日新聞」「報知新聞」などに挿絵を描いた。日清戦争時には錦絵で戦争画を制作。その後、錦絵の衰退に伴い、肉筆画を描くことが増えていった。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年) |
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