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ふぁいにんがー リュオネル・ファイニンガー
1871年、ニューヨークに生まれる。ドイツ系アメリカ人。1887年、16才でドイツのハンブルクに渡り、当地の工芸学校、次いでベルリンの美術アカデミーで1891年まで学ぶ。新聞などに挿画を描いていたが、1906年、ヴァイマルにアトリエを構え、絵画制作を始める。また、パリを訪れ、キュビスムやオルフィスムに影響を受ける。線や面で分割された画面や、光線の表現を得意とした「ブラウエ・ライター」の活動にも参加誌、画家としてもその名を知られるようになる。1919年、ヴァイマルのバウハウス設立にあたって、グロピウスからいんさつ工房の親方として招かれる。1925年にデッサウに移ってからは、授業を担当しない親方としてデッサウが閉鎖になる32年まで在籍した。1937年の「退廃芸術展」にも選ばれるが、それに先立つ1936年に母国アメリカに帰国誌、カリフォルニア州オークランドのミルズ大学やノース・キャロライナ州のブラック・マウンテン大学の夏期講座などで教える。1955年には、アメリカ画家彫刻家連盟の名誉副会長となる。(「亡命者の奇跡 アメリカに渡った芸術家たち」図録 1993年)
カテゴリー:作家
ビュランとは?【 美術用語 】 銅版や木口木版を彫るために用いる彫刻刀。全長約12cmの鋼鉄製の棒で、刃先は斜め45度に切断され、菱形か正方形の断面を持っている。他端から全長の3分の1の部分で折れ曲がっており、その先に木製の握りがついている。使用法は、指で先端の方向を定めながら、握りを手のひらで押し、版面に水平に近く彫り進める。刃先はV字型に版面に食い込み、明快で硬質な線が刻まれる。抵抗の大きいビュランを自在に操り、髪の毛の数分の1の線からあらゆる太さの線までを彫刻するには相当の熟練を必要とする。ビュランは、銅版画の中でも直刻法によるエングレーヴィング版画、そして木口木版画の中心工具であって、鋭い刻線によって繊細で精密な表現を可能にする。ところで、木口木版画も含めて線刻彫版画をエングレーヴィングと総称するが、またこの彫刻刀の名をとってビュランと呼ぶこともある。 |
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