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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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ぼろふすきー

ジョナサン・ボロフスキー

1942年アメリカに生まれる。1960−64年ピッツバーグのカーネギー・メロン大学、64−66年ニューヘブンのエール美術建築学校で学ぶ。1969年「1から無限へのカウンティング」を開始する。1972年頃より、自分のみた夢を絵にするようになる。1975年ポーラ・クーパー画廊で個展、76年第37回ヴェネツィア・ビエンナーレに出品、78年個展(カリフォルニア大学付属美術館)で、最初の「ランニングマン」を展示。1979年個展(ポーランド視覚芸術センター)で最初の「フライングマン」を展示。1980年第39回ヴェネツィア・ビエンナーレに出品、「ハングリングマン」中心に展示。1981年「壁」展(ポンピドゥ・センター)ほか世界各地の国際展に出品。1982年「ジョナサン・ボロフスキー:労働者たち」展開催(ボイマンス美術館)、「ドクメンタ7」(カッセル)、「ツァイトガイスト(時代精神)」(マルティン・グロピウス・バウ ベルリン)に出品。ベルリンの壁に「ランニングマン」を描く。1983年「ジョナサン・ボロフスキー素描1960−83」展開催(バーゼル美術館)、個展(ポーラ・クーパー画廊)で「チャタリングマン」などを展示。1984年日本で初個展(ギャルリーワタリ)、84−86年アメリカ国内美術館巡回の大規模な「ジョナサン・ボロフスキー展」を開催(フィラデルフィア美術館他)、87年日本で「ボロフスキー展」開催(東京都美術館、滋賀県立近代美術館)。


カテゴリー:作家
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マルケとは?【 作家名 】

1875年フランスに生まれる。1947年没する。パリのエコール・デ・ボザールで、マティスとともにギュスターヴ・モローの教室に学ぶ。1901年アンデパンダン展に出品後、03年のサロン・ドトンヌ設立に参加する。1905年のサロン・ドトンヌでは、マティスドランヴラマンクらの作品とともに第七室に展示され、それらの作品は批評家ルイ・ヴォークセルによって「野獣たち(レ・フォーヴ)」と揶揄される。フォーヴィスムをになった一人だが、激しさよりも調和を重んじ、海景やパリの街を俯瞰的に描くことを好んだ。

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