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むらおか さぶろう 村岡三郎
1928年大阪府に生まれる。1950年大阪市立美術研究所彫刻部を修了する。1955年二科展で特選を受賞し、60年会員となるが、69年退会する。1960年代初頭まで二科展以外にほとんど作品を発表しないが、60年代半ばになると各種の展覧会に出品をはじめ、65年現代日本彫刻展K氏賞、69年現代日本彫刻展大賞、72年神戸須磨離宮公園現代彫刻展神戸市美術愛好家協会賞など受賞を重ねる。初期から運動や機能といった事物と事物との関係に関心を示し、60年代まで力学的関係に着目した機械のようなおもむきを持った作品を制作する。60年代後半になると重力や落下といった空間的関係そのものに着目した作品を制作し、70年代になると音や光、エネルギーなど通常では彫刻のモチーフになり得ないいっそう抽象的な観念を扱うことによって、それまでの方向を押しすすめる。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)
カテゴリー:作家
ルペールとは?【 作家名 】 父、フランソワの下で修業を積み、幼いルペールは13歳で『マガザン・ピトレスク』誌や『イリュストラシオン』誌のために挿絵を描き始めた。1879年以後、木版工房を設立したが、1885年にオリジナル版画をつくることに専念した。ルペールは木版画の復興に力となって、日本から学んだ板目木版の技法や水性インクの使用法を開発した。彼の作品を通してシャルル・モーラン、アンリ・ゲラール、アンリ・リヴィエールなどの芸術家たちがその技術を取り入れた。ルペールは1888年に『エスタンプ・オリジナル』誌を発行し、1889年には画家=版画家協会、1896年には木版画家同業協会の創立メンバーとなり、『版画(イマージュ)』誌の創刊を手伝った。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録) |
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