ニューヨーク州バッファロー出身の
コールマンであるが、南北戦争の兵役の後1866年に、20代前半の3年間を過ごしたパリに戻り、その後ブルターニュ地方とローマでの滞在を経て、イタリアのカプリ島で余生を送った。肖像画や風景画、特にヴェスヴィオ山の噴火を描いた油彩作品等で知られ、アメリカやイギリスで頻繁に作品を発表した。ローマではアメリカ出身の画家たちのグループ、特にアリフ・ヴェダーと親しくし、作品の上での共通点が見られる。ヴェダーは装飾美術に詳しく、日本美術の要素を積極的に絵画の中に取り込んだが、
コールマンよりもいち早く、日本的な縦長、または横長の画面に、桜と蝶などの花鳥風月の
モティーフを描いている。ヴェダーの影響の他には、1878年から1891年の間度々訪れた
ロンドンで、当時の絵画界の有力者であった
ホイッスラー等のジャポニストの影響を受けた可能性が高い。(M.Y.)(「世紀末から 西洋の中の日本「
ジャポニスム展」図録)