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もり よしお 森芳雄
1908年東京都に生まれる。叔母、森ふみの養子となる。1926年慶應義塾を修了し、本郷絵画研究所、一九三〇年協会研究所に学ぶ。一九三〇年協会展、二科展、独立美術協会展に出品し、1931年フランスに渡り、32年サロン・ドトンヌに出品する。1934年帰国。1936年独立美術協会展でD氏賞を受賞し、翌年同協会の会友となるが、39年退会し自由美術協会会員となる。1964年同会を退会し主体美術協会の結成に参加、同展をはじめ平和美術展、日本国際美術展、現代日本美術展などで活躍する。第二次大戦後堅固な構成と温かい詩情が注目を集め、ことに1950年の〈二人〉は広く共感をよぶ。1951年から81年にかけて武蔵野美術学校、武蔵野美術大学で後進の指導にあたる。1962年、麻生三郎との二人展が神奈川県立近代美術館で開かれる。
カテゴリー:作家
レンツとは?【 作家名 】 ウィーン工芸美術学校でミヒャエル・リーザーおよびフェルディナント・ラウフベルガーに師事。その後、ウィーン美術アカデミーでカール・ヴルツィンガー、クリスティアン・グリーペンケールおよびアウグスト・アイゼンメンガーに師事。奨学金を得て2年間ローマ留学。銅版画家フェルディナント・シルンベックと共に1890年代に発券銀行の委託でブエノスアイレス銀行券をデザイン。1898年から1902年、「ヴェル・サクルム」のための作品:第1号の「春の営み」、通卷第5巻および創立者版のカレンダー「4月」および「7月」通卷第1巻の「春」および「秋」。1903年、モザイク研究のため、クリムトと共にラベンナに旅行。1898年から1939年、ウィーン分離派のメンバー、一連の展覧会に出品(第1回展および第14回展の室内装飾デザイン、第14回展のカタログの木版画、その他、モザイク、銅細工、フレスコ画など多数)。 |
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