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みらー R・A・ミラー
1912年生まれ。ジョージア州在住。牧師を30年ほど勤めた後、75歳から絵を描き始めたという。何の理由もなく制作を始めたという彼だが、ある種のひらめきや啓示に動かされたように見える。悪魔や天使、動物や国旗をモチーフにした、ブリキアートが特徴的な作品だ。宗教的な作品でもある。自宅周りには、彼が制作したシンプルな風車や天使が、にぎやかに愛らしく立ち並んでいる。(「アート・イン・パラダイス−アメリカのユニークな作家たち」図録 2001年)
カテゴリー:作家
河合新蔵とは?【 作家名 】 大阪府に生まれる。1891年頃東京に移り、五姓田芳柳に学ぶ。その後小山正太郎の不同舎に移る。1900年、満谷国四郎、丸山晩霞、鹿子木孟郎らとともに渡米し、翌年ヨーロッパに渡る。パリではアカデミー・コラロッシュに入ってラファエル・コランに師事。またアカデミー・ジュリアンにも学んだ。1904年に帰国。一時京都に住むが再び上京して太平洋画会に参加。大下藤次郎の水彩画講習所の開設に協力して講師をつとめる。1912年に京都に移住。関西美術院の教授となり、関西美術会の審査員などもつとめた。1913年の日本水彩画会の創立には発起人となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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