![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
やまもと ようこ 山本容子
1952年埼玉県に生まれる。1978年京都市立芸術大学美術専攻科を修了する。在学中から個展を開催するほか各種の展覧会に作品を発表し、1977年京都府洋画版画選抜展買上賞、京都府洋画版画総合展新人賞、大阪府民ギャラリー版画コンクールコンクール賞を受賞する。卒業後は1978年日本現代版画大賞展西武賞、80年京都市芸術新人賞、83年韓国国際版画ビエンナーレ優秀賞などを受賞、新しい世代の版画作家として幅広い注目を集める。ソウル国立現代美術館、栃木県立美術館など、内外の美術館に作品が収蔵される。身近な光景に取材し、イメージを画面の上で幾り返した作品は、ユーモラスなリズム感をつくり出している。また近年は木を使ったオブジェも発表する。京都精華短期大学美術科、京都市立芸術大学美術学部で後進の指導にあたる。
カテゴリー:作家
ダリとは?【 作家名 】 1904年スペインに生まれる。1989年没する。1921年マドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入るが、突飛な行動を繰り返し、26年には退学処分となる。はじめは未来派やキュビスムに興味を持ったが、そのうちに、デ・キリコやとりわけフロイトの『夢判断』に強烈な影響を受ける。そして自ら「偏執狂的批判的方法」を発見し、精密な写実と幻想とを結びつける独自の様式を生み出した。1927年にはパリに行きピカソと知り合った。1929年から30年には友人ブニュエルと〈アンダルシアの犬〉等の映画を作る。1929年パリの個展によってシュルレアリスムの一員に加えられるが、34年、ブルトンとの不仲から除名される。第二次世界大戦中の1940年にアメリカに亡命し、名声を得る。1948年にはスペインに戻り、版画や宝石デザインなどの分野でも活躍、商業的な成功も得た。スキャンダラスなその生涯は、彼の評価を分けてはいるが、ある意味で今後のシュルレアリスムの存続を考える上での鍵を握る人物の1人であるといえよう。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||