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よこお ただのり 横尾忠則
1936年兵庫県に生まれる。1958年神戸新聞社にデザイナーとして勤めるかたわら日本宣伝美術会展に出品し奨励賞を受賞。1960年東京に活動の場を移し、東京ADC展、ペルソナ展で注目を集める。日本の土着的情念を生かしたポップ調の作風が評価され、1972年にはニューヨーク近代美術館で現存のグラフィック・デザイナーとして初めての個展が開かれたのをはじめ、同年第4回ワルシャワ国際ポスター・ビエンナーレ展ユネスコ賞、第5回ブルーノ国際グラフィックアート・ビエンナーレ展で特別賞を受賞するなど国際的に活躍。版画の分野でも、1969年第6回パリ青年ビエンナーレ展の版画部門で大賞を受賞するなど独自の業績を築いている。1981年グラフィック・デザイナーから画家に転向し、激しい筆致と色彩の表現主義的な作風を展開。1985年第13回パリ・ビエンナーレ展への招待出品や世界各地で個展を開催する他、ベルギー国立20世紀バレエ団の舞台美術を担当するなど精力的な活動を行なっている。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)
カテゴリー:作家
タルとは?【 作家名 】 ネグリチュードの詩人としても知られた文人大統領サンゴールが打ち出した、新生セネガルの発足に際しての文化振興政策の思想は、アフリカの伝統的な精神をベースにして、西欧近代の物質文明を同化してゆこうというものであった。当時、パリから戻ったばかりのパパ・イブラ・タルは、サンゴールの理想の実現に向けて、ダカールの若い美術家たちを指導し、積極的に助言をあたえるなどした。やがて、これら一群の作家たちをエコール・ド・ダカールと呼び称するようになるのだが、彼らは仮面や神像などの伝統的なモチーフをキュビスムの手法を取り入れて、半抽象の様式で描くことに活路を見いだした。1966年、ダカールで開かれた第一回世界黒人芸術祭で、エコール・ド・ダカールは華々しく登場することになる。パパ・イブラ・タルも、この時にイバ・ンジャエによって企画された〈現代美術−傾向と対峙〉展に出品している。ここではエコール・ド・ダカールの第一世代の美術家たちがどのような顔ぶれであったのか、よく知ることができる。(「同時代のアフリカ美術」図録 1996年) |
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