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よこお ただのり 横尾忠則
1936年兵庫県に生まれる。1958年神戸新聞社にデザイナーとして勤めるかたわら日本宣伝美術会展に出品し奨励賞を受賞。1960年東京に活動の場を移し、東京ADC展、ペルソナ展で注目を集める。日本の土着的情念を生かしたポップ調の作風が評価され、1972年にはニューヨーク近代美術館で現存のグラフィック・デザイナーとして初めての個展が開かれたのをはじめ、同年第4回ワルシャワ国際ポスター・ビエンナーレ展ユネスコ賞、第5回ブルーノ国際グラフィックアート・ビエンナーレ展で特別賞を受賞するなど国際的に活躍。版画の分野でも、1969年第6回パリ青年ビエンナーレ展の版画部門で大賞を受賞するなど独自の業績を築いている。1981年グラフィック・デザイナーから画家に転向し、激しい筆致と色彩の表現主義的な作風を展開。1985年第13回パリ・ビエンナーレ展への招待出品や世界各地で個展を開催する他、ベルギー国立20世紀バレエ団の舞台美術を担当するなど精力的な活動を行なっている。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年)
カテゴリー:作家
ダリとは?【 作家名 】 1904年スペインに生まれる。1989年没する。1921年マドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入るが、突飛な行動を繰り返し、26年には退学処分となる。はじめは未来派やキュビスムに興味を持ったが、そのうちに、デ・キリコやとりわけフロイトの『夢判断』に強烈な影響を受ける。そして自ら「偏執狂的批判的方法」を発見し、精密な写実と幻想とを結びつける独自の様式を生み出した。1927年にはパリに行きピカソと知り合った。1929年から30年には友人ブニュエルと〈アンダルシアの犬〉等の映画を作る。1929年パリの個展によってシュルレアリスムの一員に加えられるが、34年、ブルトンとの不仲から除名される。第二次世界大戦中の1940年にアメリカに亡命し、名声を得る。1948年にはスペインに戻り、版画や宝石デザインなどの分野でも活躍、商業的な成功も得た。スキャンダラスなその生涯は、彼の評価を分けてはいるが、ある意味で今後のシュルレアリスムの存続を考える上での鍵を握る人物の1人であるといえよう。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年) |
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