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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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よしはら ひでお

吉原英雄

1931年広島県に生まれる。2007年没する。大阪府立天王寺高等学校を卒業し、大阪市立美術研究所に学ぶ。1954年吉原治良に師事しゲンビ展に出品。次いて具体美術協会の結成に参加する。1955年同会を退会し、デモクラート美術協会に参加するが、57年退会する。1958年から日本版画協会展に出品し、59年会員となるが、65年退会する。日本国際美術展、サンパウロ・ビエンナーレ、インド・トリエンナーレなど数多くの国際展に出品し、1957年東京国際版画ビエンナーレ文部大臣賞、68年現代日本美術展優秀賞、70年芸術選奨文部大臣賞など受賞を重ねる。リトグラフや銅版を併用して臨場感のある虚構空間を描き出すことで知られ、現代人の不安や心理的真空感を反映したものと評される。京都市立芸術大学で後進の指導にあたる。1979年国立国際美術館で「現代の作家1田淵安一、湯原和夫吉原英雄」展が、80年、81年福岡市美術館で「吉原英雄の版画」展が開かれる。


カテゴリー:作家
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荻須高徳とは?【 作家名 】

1901(明治34)年、愛知県に生まれる。22年東京美術学校に入学。27年渡仏。28年からサロン・ドトンヌ、29年からサロン・デ・ザンデパンダンに出品を続ける他、多くの画廊や美術館でのグループ展、個展を開催するなど精力的に制作し続けた。日本人画家の展覧会の出品にはあまり熱心であったようには見えないが、38,39年の巴里日本美術家展では常任委員を務め、出品している。36年に薩摩がプラハ美術館に寄贈した作品の中に荻須が含まれている。40年に帰国。48年日本人画家として戦後初めてフランス入国を許され渡仏。86年に死去するまでパリを中心に活躍した。(「薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち」図録 1998年)

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