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でゅふぉー クレマンティーヌ=エレーヌ・デュフォー
風俗画家、イラストレーター、装飾美術家。1899年、アカデミー・ジュリアンで画家プーグロー、ロベール=フルリィ、ガブリエル=フェリエに学ぶ。90年、サロンに肖像画を出品。95年、〈水切り〉でマリー=バシュキルツェフ賞受賞。1903年、サロン・ドトンヌの創立会員になる。まず、自然主義絵画に傾倒、ついで象徴主義象徴主義運動と装飾的絵画に方向転換する。彼女の活動は絵はがきの制作、本のイラスト、家の装飾デザイン等多岐ににわたっている。(「黄金時代のポスター芸術」図録 1998年)
カテゴリー:作家
グルーズとは?【 作家名 】 ロココ絵画の絶頂期にあって、市民の道徳観、倫理観を反映した教訓画を描いた画家。グランドンのアトリエで学んだ。その後、師とともにパリに出てアカデミーの美術学校に入学した。1755年サロンに出品して一躍有名になる。その教訓的、感傷的な作風は広く一般に親しまれた。特にロココ的な感覚をひそめた少女たちの肖像画は愛らしく、その半身像や顔を数多く描いて名声を得た。晩年、革命以後は財産、名声ともに失い、不遇の中で世を去った。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年) |
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