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ど ろすく(だにえる とぅーるーど) ド・ロスク(ダニエル・トゥールード)
マンシュ県のサン=ローで生まれる。カンで法律を学ぶ。パリで修了し、セーヌ=エ=オワーズ県の知事官房の職員となる。アカデミー・ジュリアンには趣味で通う。ペンネームであるド・ロスクは、生まれた町の近くにある「シャン・ド・ロスク」という村の名からとった。1903年、ゴシップ紙に俳優のスケッチを描いて、この世界に入った。その後、演劇辞表に風刺漫画を連載する。1906年頃、絵で生活するために知事官房をやめている。漫画協会の会員となり、1907年から10年にかけてマンジで開かれた芸術サークル展と人間喜劇展に出品している。10年にはパリに印刷所「アトリエ・ロスク」を設立。アトリエの作品の大半は演劇と映画に関するものであった。(「黄金時代のポスター芸術」図録 1998年)
カテゴリー:作家
ドクメンタとは?【 美術用語 】 1955年以来、西ドイツのカッセル市で、原則として4年ごとに催されてきた進歩的傾向の国際美術展の名前。第1回展は、カッセル・アカデミーのボーデ教授の提唱で、第二次大戦終了までナチスによって進歩的・前衛的芸術が「退廃」の烙印を押されて国際舞台から著しく立ち遅れてしまっていたドイツの芸術に、再び新しい息吹きを取り戻す目的で組織された。以降、ドイツの国民に世界の現代美術の動向を紹介するのを根本とし、多くの国際美術展のような授賞制度を持たずに、毎回テーマを決め、それに基いて委員会が美術家の人選を行うという方法を採っている。第2回展にはアメリカ部門が設けられ、ニューヨーク派の成果が紹介され、第4回展では、出品作家の3分の1がアメリカ人でその作品の多くが巨大なサイズのものという、アメリカの色面抽象絵画、ポップ・アート、ミニマル・アートが支配的なもので、ドクメンタの歴史にひとつの頂点を画したものであった。画商界の動向への追随など批判も多いが、現行の国際美術展では最も規模の大きいものである。 |
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