ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


野見山暁治



野村耕



野村佐紀子



野村仁



野村誠 グランディ・アート・ギャラリーでのしょうぎ作曲



野村誠 ゴヤの部屋



野村誠 プレ・ワークショップで作曲した曲



野村誠 プレ・ワークショップの記録映像



ノラ



ノルシャ



ノルデ



ノルマンディ、ブルターニュ-西部鉄道



ノン・フィギュラティフ



ノートヘルファー



ノードフェルト



ノーベルトシュトゥック



ハチョンユン



ハトンチョル



灰色の光景



廃船


<前 (115/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


なたん (じゃっく がらもん)

ジャック・ナタン(ジャック・ガラモン)

時折、ナタン=ガラモンと二つの姓を合わせてサインする。広告クリエーター、画家。国立高等装飾美術学校で学んだ後、3年間装飾美術家ポール・ブラントのインテリア・デザインと宝石細工のアシスタントを務める。1931年から33年の間、雑誌『今日の建築』のデザインとレイアウトの責任者を務める。並行して1933−34年、サロン・ドトンヌに出品。39年までは広告や展示会場の設計に従事。38−39年、国立装飾美術学校のグラフィック・アートの教授に任命され、45年以降はフリーのグラフィック・デザイナーとして出版社や文化関係の組織の仕事をした。48年、雑誌『フランス・スタイル』のアート・ディレクターになり、同年ユネスコの後援によるガリエラ美術館での「人間の権利」についての展覧会を企画、そのポスターをデザインした。50年、スイスのドナルド・ブラン、フリッツ・ビューラー、フランス人のジャン・コラン、ジャン・ピエール=ル・ドゥーらと国際グラフィック・デザイナー連盟を設立。55年には装飾美術館で展覧会を開いた。56年、鉄鋼応用技術オフィスに技術顧問として入社。同年から68年まで装飾美術学校の授業を受け持つ。58年、ブリュッセル万博のフランス館にフレスコ壁画を制作。62年、全国装飾芸術家協会の会長になる。(「黄金時代のポスター芸術」図録 1998年)


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

マネとは?【 作家名 】

司法官の父と外交館の母をもつマネは、父の希望であった法律家になることに反発し、見習い水夫を経て画家を志す。1863年に開催された、サロンに落選した作品の展覧会(落選展)では〈草上の昼食〉が衝撃を呼び、従来の美術館への反抗者の代表として見なされる一方で、若い画家からはリーダーと目されるようになる。見近な題材を明るい色彩と平面的な構成で描き、印象派を生みだした一人と言われる。しかし、マネ自身は印象派展には出品せず、サロンに出品しつづ続けた。

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

マネ

キーワードを含む記事
26件見つかりました。

  印象主義

  エレン・アンドレ嬢

  大鴉

  形而上絵画

  アンリ=シャルル・ゲラール

  後期印象派

  孤独な詩人

  自然主義

  シュルレアリスム国際展のマネキン人形 マン・レイ作

  ローナ・シンプソン

  アレン・ジョーンズ

  デフォルマシヨン

  版画集『大鴉』『大鴉』表紙

  版画集『大鴉』胸像の上の大鴉−「パラスの像へと降り立った……」

  版画集『大鴉』飛翔する大鴉:書票

  版画集『大鴉』窓辺にて−「ここに私は鎧戸を開け放った……」

  版画集『大鴉』椅子−「床の上に漂いつつ横たわるその影……」

  版画集『大鴉』ランプの下で−「嘗て物寂しい真夜中に……」

  パピエ・コレ

  ベビーチェア「ディノ」


<前   次>

徳島県立近代美術館2006