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めるしえ ジャン=アドリアン・メルシエ
デザイナー、ポスター作家。アンジェの生まれ。1920年、アンジェの美術学校に入る。この頃、リトグラフとエッチングを学ぶ。21年、パリで装飾美術学校に入学。夜はエコール・エティエンヌで木版画を学ぶ。24年、2等賞を受けて装飾美術学校を卒業。同年、最初のポスターを制作。 その一つがアンジェの見本市のポスターであったが、彼は晩年までこの町のために商業や文化関係のポスターを数多く制作している。また、もう一つはコワントロー社のポスターであった。エドゥワール・コワントローが母方の祖父であったため、以後コワントロー社のポスターを多く手がけた。1950年にはパリドッグのポスター・コンクールで、この会社のポスターで一等賞を獲得している。(「黄金時代のポスター芸術」図録 1998年)
カテゴリー:作家
ブーシェとは?【 作家名 】 18世紀フランスのロココ絵画を代表する画家。20歳でアカデミーの大賞を獲得。その後イタリアに遊学。ここでベネチアの絵画に深い感銘を受ける。帰国後、アカデミー会員となる。後に会長に就任し、ヴェルサイユにおいては、ルイ15世の主席宮廷画家となって、ポンパドゥール夫人の絵画教師もつとめた。彼の芸術活動は実に幅広く、ヴェルサイユ宮の装飾、タピスリーやセーヴル陶磁器のデザインのほか、オペラ座の舞台デザインをも手がけた。絵画においては永遠の女性ヴィーナス礼賛こそ彼の一生を賭けたモチーフであった。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年) |
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