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徳島県立近代美術館 令和4年度ユニバーサルミュージアム展開事業 報告冊子
絵の中に人生が見つかる
なぜ私たちの社会にユニバーサル美術館は必要なのか

 
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ここは人生を語る場です
思い出を重ねて美術鑑賞に親しんでもらえるように、身近な家族や暮らし、旅先の風景を連想させる作品をセレクトしました。自分の内面の歴史をたずね歩く旅のような展覧会場になりました。

思い出のアルバム展 人生を語るユニバーサル展示
2022年12月10日(土曜日)〜2023年1月9日(月曜日、祝日)

作品紹介リストをダウンロードできます。
https://art.bunmori.tokushima.jp/list_doc/2022/2022_uni2.pdf
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  写真:展示会場風景

【4から5ページ】
語ることは共に生きること
作品を見て、ふと思い浮かんだことをカードに書いてもらいました。絵の中の場面はこのあとどうなるのだろう、あの人は何を考えているのだろう、ここは一体どういう場所なのだろう…。作品を絵札に見立ててカルタの読み札を書く時、人は作者とも観客ともまた異なる立場で、絵と共に世界を物語り始めています。自由な心の物語をお互いに認め合えるすてきな場所が美術館なのです。

人がひらく鑑賞のとびら
絵から思いついたショートストーリーや、遠い昔の思い出話を演じてもらいました。何でもないお話でも言葉でも、作品とその人の人生経験が溶け合っていくように思えてきます。絵や演技を見るというより、その人と共に生きている心地にひたる、そんな感じの時間です。そのうち、絵がまるで自分ごとであるかのように、立ち会ったみんなのものであるかのように、不思議な関係性が生まれています。美術館でしかできない、とっておきの鑑賞のとびらです。

物語ワークショップ「あなたが絵の中においてきた思い出」
12月18日(日曜日)14時から16時
講師:仙石桂子(四国学院大学准教授・即興演劇シーソーズ、劇団オムツかぶれ主宰)

ゆるりかかわりアクティビティ「思い出あつめて」
1月8日(日曜日)13時から16時
庄ア隆志(演出家・劇作家・俳優・ノンバーバルコミュニケーター)

  写真:カルタの読み札などが貼られた掲示版

  写真:展示会場風景

  写真:物語ワークショップのシーン

  写真:ゆるりかかわりアクティビティーのシーン

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人のためのスペース
手作業スペースをつくりました。タンスの中で大切にしまってあった思い出の服を持ち寄って、暮らしを彩るものにつくりかえてみます。どなたでも布の手触りや結んでつくる時間を楽しんでいただけます。「回想アクティビティ」 (注1)にならって人のためのスペースを多めにとりました。絵の高さも、座って話す人たちの目線に合わせて。作品名や作者名が知りたい時は紹介文付きリストをご覧いただくことにして、絵のそばのキャプションは無くしました。自分の見やすい距離で絵と出会ってもらうための工夫です。

今を生きるのに手一杯の自分を役割から解放し、自分を取り戻し、元気になる。芸術体験にはその力があります。そんな場所をみんなのものにできたらと願っています。

(注1 出典)バーニー・アリゴ、梅本充子、中島朱美『回想アクティビティハンドブック』すぴか書房 2018年

  写真:作業机のコーナー   写真:展示会場風景
     
写真:布を持ってきた人がその服の思い出を書いたカード


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空間のあたりまえを疑う
会場に7機のスピーカーを置き、「マスキング音」を流しました。話し声や物音が気になりにくいようにする方法の一つです。また、小さなノイズ音とともに、静かな音楽が時々流れるようにします。

楽しく話しがはずむ/静かに絵を見る/人の声や自分の声が気になる…、展示空間に人が望むものは決して一様ではありません。ですが、ちょっとだけ「あたりまえ」を変えてみようと思いました。これまで「展示室ではお静かに」とお客様にお願いしてきました。会話は自由ですがお互い迷惑にならない程度の声でと。ところが建築環境の研究者に協力してもらって計測してみると、当館の展示室は極端に静かであることがわかりました。その静けさゆえに緊張や気後れを感じる人もいます。感覚にやさしい「センサリーフレンドリー」の観点から、うるさい/静か、の前提をもう一度考え直してみようと試みを始めています。

明治大学理工学部建築環境計画研究室(上野佳奈子ゼミ)との連携
2021年 7月四館棟の音と光の計測、11月マスキングノイズ実験、12月所蔵作品展でアンケート実施
2022年 10月心地よく鑑賞できる音空間を探るワークショップ、12月ワークショップの結果を元に特別展会場で音楽を取り入れたマスキングノイズを実施。

メロディが邪魔に感じられる人もいるだろうし、好みも分かれるに違いない、そんな不安にすくむ展覧会担当者の背中を押してくれたのは、人のために役立つ音空間を見つけたいと意気込む若き研究者たちのガッツでした。あたりまえを疑う発想こそ、みんなのための場所を考えるために大切なのだと思います。

  写真:展示会場風景


【10から11ページ】
筆談が応じますよ、あなたの疑問に!
はじまりは垣根をなくす手段であったかもしれませんが、今やみんなに役立つ鑑賞プログラム。他者と目線を重ね合い、声にならない声を誘い出し、鑑賞とは何かという問いをみんなで掘り下げていく。ユニバーサル美術館展の看板プログラムに成長してきました。

ことばを寄せ集めて深まる“筆談トーク”
 聞こえる人と聞こえない人が垣根なく絵を見て語り合い、思うこと、考えることを分かち合いたい。そんな願いから筆談トークは生まれました。声を使わずマイペースで書きとめられた参加者の発言を、自称「聞こえない鑑賞案内人」の小笠原さんがつないでいきます。参加者もお互いの発言に答えたり、考えをつらねたりして、一緒に鑑賞が深まっていく独特の静かな時間。次の機会には皆さんも参加してみませんか。

どうやったの?
@筆談は展示室の絵の前にテーブルを置いて行う。
A筆談は声禁止なので、見えない人はロビーに集まっておしゃべり鑑賞。絵の輪郭を示す「触図」を補助的に使いつつ、他の参加者やヘルパーさんと対話で、作品について思うことを寄せ合います。そして付箋にメモ。
B見えない人の発言が書かれた付箋を、伝言役の参加者やスタッフが展示室内のテーブルへ貼りにいきます。
C付箋をきっかけに広がる筆談トークを、展示室内から小声でオンライン生中継。ロビーの人たちはまるでラジオでハガキが読まれるのを楽しむような感じで、筆談トークの進行に参加しました。

注目!
色紙の付箋が貼ってあります。これは目が見えない人から寄せられた疑問や感想の言葉です。今回の筆談は見えない人も参加して一緒に進行しました。

山辰雄〈野辺〉1982年
本プログラムのための複製図版ならびに記録映像への掲載については、山辰雄作〈野辺〉の著作権者の方より寛大なご理解をいただいております。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

「あの手この手で交流トーク」
2022年12月10日14時から16時30分
案内役:小笠原新也さん(聞こえない鑑賞案内人。当館アートイベントサポーター)
当日は筆談トークの他に、見えない人がリードしてみんなで絵を鑑賞するプログラムも行いました。河野以知子さん、戸部節子さんが案内役を担当しました(当館アートイベントサポーター)。こちらの様子はまた別の機会にご紹介いたしましょう。見えることと見えないことをみんなで見る、これまた味わい深いプログラムなのです。

  写真:ロビーで対話    写真:室内で筆談
  写真:触図を触りながらヘルパーさんと対話
  写真:室内で読み上げ
  山辰雄作「野辺」図版


【12から13ページ】
ユニバーサル美術館のエピソード
活動していて気づくこと、見たこと、聞いた話。

どなたでもどうぞ
 これを実現する気の持ちようがユニバーサルを名のる理由です。万人向けのデザインをつくろうというのではない。障がいの違いも含め、みんな望みが違うことを受け入れることのできる施設になりたい。

あえて見える化
 ようこそ、と伝えよう。筆談します、と伝えよう。トイレはここです、と伝えよう。来るまでが肝心。出会うまでが肝心。

広いから安心
 作品を囲んで話す。様々な姿勢で参加できるようにする。付添の人も一緒に参加する。幼い子どもづれのグループも安心して活動する。そのためにスペースは広くとりたい。例えばガラスケースの展示には、見づらさと引き替えに安心の距離感というメリットもある。

あの手この手で
 交流トークという催しを考えた当初は、見えない人や聞こえない人も参加するためにコミュニケーションの手段を増やそうと考えていた。でも近頃は、あの人もこの人もいい感じで関わっているな、そんな群像劇のようだと思う。

人と絵を見る
 思い出でも思いつきでも、見ている絵に呼び寄せられたその人そのものが、今みんなで見ている絵に重なる。すると、まるで絵をみんなで生きた心地になる。絵の前のおしゃべりにはすごい可能性がひそんでいる。

触図
 わからせるものから一緒に見たいものへ。触って分かりやすいもので訓練するという発想ではない。視覚障がい者向けの作品選定もしない。共に見たいものを工夫してつくってみる。わからせることが目的ではないから。

手話がきっかけで
 美術館には解説文など書き文字があふれている。手話で話す人が気楽に質問や意見交換をできるように、手話通訳付きの催しがある。解説パネルの文章や展示解説の話し言葉に、どのくらい伝える力があるか再考するきっかけになる。そして間違いなく、伝える力を高めたいと思う。そして間違いなく、手話で話せるようになりたいなと願う。

見えないから
 「見えない自分にも活躍できる場所が見つかった、それが美術館。」 この言葉を聞いた時、心がふるえた。自分が絵を好きになった理由と同じだと感じたから。

道具は大事
 作品を見るのには体を使います。五感も使っています。それが美術館で過ごす面白さ。決して視覚だけではありません。
  写真:ミッツミキ   写真:車椅子で上がって鑑賞するステージ
  写真:ピクトグラム   写真:イテミヨのホームページ   写真:手話通訳士
  写真:作品秋深むの様々な触図


【14から15ページ】
思い出を語り、未来を思い描く
亀井幸子

 ユニバーサル美術館事業で行うワークショップの対象は、どなたでも。参加者は、乳幼児やその家族、聞こえない人や見えない人、社会に生きづらさを感じている人など様々です。同じ社会に生きているはずなのになかなか出会うことのない人たちが集う場が美術館に生まれます。すれ違うだけでは気づかないけれど、一緒に活動し交流することで「自分のあたりまえ」が他の人にはあたりまえでないことがあり、同じ作品を見ても様々な捉え方や感じ方があることを実感するのです。そして、人と人、人と作品の間に、わかりたい、伝えたいという思いがあれば、障がいの有無や年齢、立場等に関係なく、同じ空間にいる喜びを感じられるのです。
 「高齢者」をテーマにした今回の展示室で繰り広げられたワークショップでは、いっぱい笑い、こっそり涙を拭いながら様々な人生に触れたように思います。何度も思い返したいこともあるでしょう。悲しい出来事を思い出として語るには長い時間が必要だったかもしれません。そうした思い出からは、悲しさというより安らぎや希望のようなものが感じられました。思い出を語ることは、未来を思い描くことなのかもしれません。
 参加者自身の思い出と、作品や作家の人生とを重ね合わせて語られるときの、共感や思いやり、ユーモアに満ちた言葉から人生に立ち向かう勇気のようなものをもらったのは私だけだったでしょうか。
 美術館は作品を鑑賞するだけではなく、もっと何か、たとえば人を幸せすることができる場にしたいと思います。そして、この展覧会をとおして思い描いた未来の実現に向け、一人一人の感覚や経験が尊重され、多様な人が一緒にいることの「あたりまえ」を美術館から社会へ広げていけたらと思います。
  写真:タンスの中の思い出をひっぱりだして ワークショップのシーン

なぜユニバーサル美術館は必要なのか
竹内利夫

 肩の力をぬいて絵との出会いを楽しむ文化を広めたい。美術館の広い空間で、思いのまま興味をひかれるまま散策するように、格別の自由な時間を味わってほしい。日頃の役割から心を解放して、自分を取り戻すかけがえのない場所にもなる。それが私の考える美術館のよさです。
 ホールの観客席に比べればかなり自由なこの空間が、人によっては不案内に思われたり、介助や情報保障が必要な人にとってはどう過ごしてよいか見当のつかない施設と感じられたりすることがあるかも知れません。そこでユニバーサル美術館を考えます。障がい者向けの入口を別につくるのではなく、一緒に活動する場面を想像します。
 本当は良い面もある、放任されて楽しむマナーを、どの人にも紹介したいと願っています。それこそが、一部の美術ファンだけでなくみんなにとって大切だと思うからです。だから私の志すユニバーサル事業は、鑑賞の楽しさを体験してもらうことにちょっと前のめりです。
 誰かが決めた価値を受け取るだけではミュージアムの楽しみは半分でしかないと思っています。自分の心の中から呼び起こされるものもしっかり受けとめて、その掛け合いで楽しみは何倍にもなり、それは人生にとって大切な時間になります。美術館は、感性を活かして自分らしく過ごすという一つの文化だと言ってよいでしょう。ならば、それぞれの自分らしさのサポートをできるだけ考える、これは美術館が本来持っている役割であり夢だと思うのです。

「即興演劇なんて初めて。みんなの名演技に感動。それぞれの人生をちょっと覗いたみたい…。そして思い出をたどれば自分自身の人生が見えてきます。思い出ってすごいなぁ…。」(ユニバーサル美術館展に寄せられた感想)
  写真:思い出のアルバム展 ロビー看板


【16ページ】
鑑賞は内面の歴史

  写真:展示会場風景 川人勝延〈里への道〉1993年

掲載作品は全て徳島県立近代美術館のコレクションです。
本冊子の作成にあたり次の皆様から格別のご協力を賜りました。ここにお名前を記すことのできなかった方々を含め、深く感謝申しあげます。
(敬称略。50音順)
麻田弦、石川美栄子、伊原乙彰、尾上美千代、川端史子、山由紀子、西村画廊、野田哲也、
吹田文明、舟越桂、モニカ・ベーテ、三谷青子、森口まどか、森口ゆたか、八島正明、
山本容子、(株)ヨコオズ・サーカス、吉原良子、四谷シモン
丸c SIAE, Roma & JASPAR, Tokyo, 2023 G3135 (ジョルジオ・デ・キリコ〈孤独な詩人〉1970年 2ページ、9ページ)

掲載作品の中で著作権継承者の方に連絡がつかず許諾の手続きをできなかったものがあります。お心当たりの方は発行者までご連絡いただけますと幸いです。


奥付
絵の中に人生が見つかる
‐なぜ私たちの社会にユニバーサル美術館は必要なのか
発行日 2023年3月15日
編集 徳島県立近代美術館 竹内利夫
執筆 徳島県立近代美術館 竹内利夫、亀井幸子
デザイン 藤本孝明(如月舎)
撮影 米津光(展示会場)
印刷 徳島県教育印刷株式会社
発行 徳島県立近代美術館
770-8070 徳島市八万町向寺山 文化の森総合公園 電話088-668-1088
美術館にイテミヨ!のページ https://art.bunmori.tokushima.jp/itemiyo/
QRコード


ニュース!
当館のユニバーサルミュージアム事業の取り組みに対して、第16回国土交通省バリアフリー化推進功労者大臣表彰をいただきました! これまで一緒にミューアジムの可能性をひらいてきた皆さんとの協働のたまものです。

以上