出展テーマ詳細情報
「1 青春 キュビスムを中心に」の詳細情報
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テーマ名称 1 青春 キュビスムを中心に
期間 2006年11月1日(水)~2006年12月17日(日)
展覧会名称 「変貌するひとのすがた ピカソの版画」(コレクション+αで楽しむシリーズ)
説明 幼い頃から絵描きの才能を発揮していた天才少年ピカソが、スペインから初めてパリにやってきたのは1900年、19歳の時である。スペインとの間を何度か行き来し、1904年にパリのモンマルトルにある粗末なぼろアパート「洗濯船」に住み着くことになる。ここで、ピカソは絵描きや詩人志望の芸術家の卵たちと交流しながら、あこがれのパリでの生活を始めた。ピカソは、パリに定住する数年前から、貧困のなかで社会の底辺に生きている人々を描いた多くの作品を残している。青を基調にして憂いと虚無感に満ちたこの時期の作品は「青の時代」と呼ばれている。そして、しだいに色彩に明るさが加わっていった「薔薇色の時代」へと続いていく。<貧しき食事>はちょうどこの頃の作品である。やせこけて細長く引き延ばされたような人体は、一種凄惨な感じさえ与え、見る者の情感にも強く訴えかけてくる。このエッチングは、使用済みの亜鉛版を再利用して制作された。スペイン時代に最初の版画<左利きの男>を制作してはいたが、この<貧しき食事>はピカソが本格的に版画に取り組んだ最初の作品である。これは旅回り芸人たちをモチーフにした14点の連作とあわせて15点組の<サルタンバンクシリーズ>として販売された。その後、1906年頃からは、後にキュビスムと呼ばれるようになる造形上の実験を始める。ものの形を幾何学的な形態やこまかい断片に分解し、それらをふたたび組み合わせていくその描き方は、平面の上に立体的に見せかけてきた、これまでの遠近法に代表されるような方法を乗り越える革新的なものであった。親しい友人であった詩人マックス・ジャコブの詩に挿絵を寄せた<聖マトレル>や<エルサレムの攻略>はキュビスム時代の版画の代表作である。そこに表された人物は、まるでロボットのようでもあり、人体も風景もテーブルも建物も、すべて「モノ」として同様に扱われている。それは、まさに美術だからこそ生み出すことのできた姿であった。油彩画におけるキュビスムの場合は細かい「面」を主体にした表現だが、銅版画、とくにエッチングやドライポイントのような技法は、もともと「線」を主体にした技法であることから、キュビスムの版画は油絵とはまた違い、余分なものをそぎ落とした骨格の危うさと繊細さを感じさせてくれる。
コピーライト 徳島県立近代美術館 2006
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