20世紀の人間像
当館では作品収集にあたり「人間像」というテーマを選びました。一見難しく思える作品でも、鑑賞を進めるときに、人という主題が手がかりになるという考え方によるものです。今期は、平成21年度の新収蔵品を中心とした展示です。津田亜紀子〈繰り返される模様〉、中西勝〈盲の聖者たち〉、大森運夫〈望郷〉(6月6日まで展示)を紹介しています。
津田の型どりによる表現にちなんで、展示テーマを「動と静」としました。展示室の前半は「動き」、展示室の後半は「型」をキーワードに編成しています。比べてお楽しみいただけたらと思います。
*作品保護のため、会期中に一部作品の展示替えがあります。
「型」の人間像をめぐって
展示室奥のコーナーでは「型」をヒントに様々な美術の姿に出会っていただけたらと思います。シーガルの型どりによる作品は、真っ白で不明瞭な外見がかえって仕草や内面をあらわにしています。同じ型どりでも作家ゴームリーの等身像は、鉄のかたまりが宙にとどまるありさまを通して、空間や物性などへの思考を誘うものです。津田亜紀子の織物で固められた作品は、布やその文様に置き換えられた表面から、人の存在を逆に照らし出す反語的なアプローチといえましょう。
人を記号の集積として表したバイルレ、モンローのマス・イメージが朽ち消える様を思わせる井原康雄、子供服を標本のように固めてアメリカ社会の多文化を象徴する太郎千恵蔵の作品は、記号としての型の人間像といえます。
こまかな「ちり」のかけらから人間的なシルエットを見出したフィッシャー、また生命の根幹であるDNAが自己複製する瞬間をモデルとして示す野村仁の作品は、私たちの姿形からは遠いように見えて実は本質的な人間の「型」を思わせます。
そして、石内都が見せるのは人の皮膚です。何時間何年もの動きから刻まれたしわや色味あるいは傷を皮膚は宿しながら再生を繰り返します。生の時間のかたどりと見ることもできるでしょう。
現代版画
今期のこのコーナーでは、「版画概念の拡大」が話題となった1970年代に着目し、現代版画の特性をシリーズで探っていきます。
70年代のグラフィック1 4月17日[土]-5月16日[日]
明快な色面が魅力的な二人の作品をご紹介します。元永定正は、具体美術協会に参加し原色絵具の流しによる濃密な画風を確立した後、1960年代後半の渡米を機に、軽妙なアウトラインの表現へと向かいます。シルクスクリーンは、均一でシャープな色面の扱いにはもってこいの版画技法で、元永は1970年代に集中的にその制作に取り組んでいます。高橋秀は、はじめ独立美術協会に出品し、安井賞受賞を経て1960年代半ばにイタリアに移りました。そしてイタリアの地で、大胆な割れ目で構成される画風を見出します。1970年代以降、様々な版画技法に挑戦しています。ここで紹介する作品はエンボス加工(型押しにより凹凸をつける)によるものです。
1960年代後半から70年代という時代は、印刷やグラフィックデザインの手法を柔軟にとりいれた版画制作が注目されましたが、この二人の作家もまたそうした版画制作の手法を、難なくイメージづくりに活かしています。
70年代のグラフィック2 5月18日[火]-6月20日[日]
三人の作品をご紹介します。三者とも1960年代にデビューした後、70年代の版画制作を通して制作の重要な転機を過ごした経歴を持ちます。
松谷武判は、ボンドの膜をふくらませた立体的な絵画で評価を得ましたが、渡仏した1960年代後半から版画を学び、そこで自らの立体のイメージを版画の上で操作し、絵画としての可能性を検証しました。菊畑茂久馬は、呪術的な荒々しいオブジェによって注目を集めた後、1960年代末から発表をひかえ、アトリエでのオブジェ研究に専念します。そして菊畑もまた写真による版画制作を通じて、絵画的イメージとオブジェの関係を探っていきます。
生粋の銅版画作家であった加納光於は、液状の防蝕剤を操る描き方で、幻想的な画風を確立しますが、1960年代後半から70年代を通して、造本やオブジェに傾斜していきます。その期間を経て、1970年代末のリトグラフ制作によって奔放な色彩表現を開花します。
グラフィック技法がもてはやされた1970年代にあって、三人はきわめて自覚的に個の絵画の問題に専念しながら版に関わったと言ってよいでしょう。1980年代以降、彼らは満を持して大作を展開していきます。
70年代のグラフィック3 6月22日[火]-7月19日[月・祝]
「本でもコップでも(…中略…)虹のスペクトルをレントゲンのX線のようにかければ、それらはすけて本性を表わすにちがいないと思っていた」と作家は語っています。1958年、27歳で渡米した靉嘔は、はじめ抽象絵画の流行に感化されますが、ほどなく、それも含めた従来の絵画観との決別を思い立ち、虹のアイデアにたどり着きます。ここで紹介する1971年の版画集は、靉嘔の当時の思想・関心が凝縮した大作です。作品名は、「時はのどかに流れていく…」と唄ったボブ・ディランの曲"Time passes slowly"にちなんだと言います。1冊の辞書の図版の貼り込みから様々な情景を導き出すシリーズ、男女の夜の時間をテーマにしたシリーズ、そしてジャンケンと平和のサインをかけたシリーズの三部から成ります。
赤から紫のグラデーションは、例えば中央にレモンイエローという風に何色かを指定する他は、刷り師の色彩感覚に任されています。他者とのコラボレーションによってアイデアを形にするといった、この方法論を靉嘔が始めたのは1966年。1970年代に開花の時期を迎えたと言えるでしょう。
引用した言葉などは次の著書から。(靉嘔『虹 靉嘔版画全作品集』1979年 叢文社)
徳島ゆかりの美術
三宅克己(みやけこっき 1874-1954年 徳島市生まれ)*6月6日まで
廣島晃甫(ひろしまこうほ 1889-1951年 徳島市生まれ)
石丸一(いしまるはじめ 1890-1990年 現・小松島市生まれ)
伊原宇三郎(いはらうさぶろう 1894-1976年 徳島市生まれ)*6月6日まで
幸田春耕(こうだしゅんこう 1897-1976年 現・徳島市生まれ)
山下菊二(やましたきくじ 1919-86年 現・三好市生まれ)
幸田暁冶(こうだぎょうや 1925-75年 京都府生まれ・春耕の子)
橋本省(はしもとあきら 1931年 鳴門市生まれ)
谷川泰宏(たにがわやすひろ 1957年 徳島市生まれ)
の作品が収蔵されました。
*作品保護のため、会期中に一部作品の展示替えがあります。
(「広島晃甫」の人名表記を「廣島晃甫」に改めました。)
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